生姜の葉っぱでトンボが休んでいました。


       奥四万十生姜畑のひとりごと

5月6日

桜の季節が過ぎ去ったかと思えば 四万十の沿線は新緑一色となりました。
季節の移り変わりが早く、 人間様の方が取り残されてゆきそうです。
高知ではとっくに田植えが終わっているところがあるかと思えば、これから種まきをしている奥四万十の集落もあります。
高知を東西に旅すれば 日本列島を旅したと同じような体験が出来ると思います。
室戸を出発して足摺についたときは 高知を飛び立った飛行機は 札幌に着陸しています。


生姜の植え付けも終わりました。

皮肉なもので生姜の植え付けの時期は雨天がつづきます。
土が乾燥していなければその後の生育に影響してきますので気が気ではありません。。
やっと生姜の植え付けが終わり 水田の耕耘を始めようとすれば、こんどは 晴天続きとなり水不足となります。
ポンプで水揚げしてやっとこさ 水田にしたら 今度は雨季に入り 連日雨が降るようになります。
7月に入りやっと、晴天が続くようになったかと思えば こんどは 台風がバケツの水を撒いたかと思えるほど 雨を運んできます。
 おかげさまで 四万十川は濁流となり、集落の 沈下橋は  本当に沈下してしまいます。


4月1日

桜の開花が始まり、急に雨が降るようになりました。
桜は雨や 風邪に弱いので 満開の花見ができるのも 天候次第です。
生姜農家は花見どころではなく、 植え付け準備に追われることになります。

農協に出荷制限排除処置命令出される。


高知県内 土佐あき農協に対して 独禁法違反の疑いがあり、排除措置命令が出されることになりそうです。
 何十年もの間 高知県内の農協では、一元集荷が 常識となっていて、それなりの理由はあるにしても、 農家の自主経営改革の障害となっていいる事は 否定できない事実です。
jA の考えは 長い間続いてきた米の統制集荷の体質から抜け出せず、園芸にまで 一元集荷が当たり前として農家を縛りつけてきました。
市場価格を維持するためにはそれなりの理由がある事は認めます。問題は 系統出荷をする組合員との間に対立をつくり 統一出荷のための締め付けに利用してきた事にあります。
農業後継者の若者が、制度資金の申請を申し込んだところ 「消費者に直売している」 事を根拠として 受け付けられませんでした。
しかたなく銀行に相談したところ 快く引き受けてくれました。農協よりも銀行が計画に賛同して 資金を出したことは 今一度農協の原点に 立ち返る時代を 示唆しているように感じました。

「どうして こうなったの」 

米が自由化され 減反政策が進み、農家はコメ以外の農産物を生産せざるを得なくなりました。
しかし JAには受け皿が整備されていませんでした。 結果として一部農家は産直を選択しました。
これが JAには 御気に召さない事になり、全量出荷しない農家をJAから締め出す経営姿勢が、表面化してきました。
これが 独占禁止法に触れる事になり 調査に入られました。
JAは「生産者による 取り決めだ」と 主張していますが、農協の経営は理事であり、生産者が 勝手に 決める事は出来ません。
問題が発生しらら「経営権のない生産者」に責任を投げかける経営体質に問題の根源があるように感じました
 この経営姿勢が 独禁法違反と判断されました。  .
.生産者を二分して 一元集荷を 目指す農協の体質は 組合員に心理的な対立を生むことになる恐れがありますが、特定農協だけの話ではなく、 どこの組合でも当たり前の事として 対応してきた理事の経営感覚の変化を求められているように感じます。
食の安全を主眼とする農家が 消費者と行なう産直を 農協とゆう巨大組織は 系統出荷の名のもとに締め出しています。
全国的には 生協などと手を結び 安全な農産物の直送に取り組んでいる事実は認めます。
一方高知では 「園芸王国日本一」をめざし、て独走してきた反動として 農協の体質改善が 見捨てられたために 独禁止法 違反の調査が入ることになったのです。
生産者と消費者が(ー_ー)の見える関係を築くことを受け入れようとしない理事の経営姿勢が根底にあるとすれば、独禁止法違反を指摘されても 弁解の余地はないと思います。 (*^。^*)うのは若者に資金を出した 銀行 だとしたら 悲しくなります。

銀行が 救いの手を伸ばしています。

若い後継者が 制度資金の借り入れを申し込んだところ、、融資を断られ、 困り果てて 銀行に相談したところ、経営内容が認められ、近代化施設が造られた事実は 銀行の経営感覚の進化だとすれば、好むと好まないに関係なく次第に、販売代金が農協から 銀行に流れてゆくパオプ が築かれつつある事を感じました。
政府の目指す農協改革の手は既に 銀行の経営戦略に入ってきているのでしょうか。

「農協理事の頭の切り替えを望みます」

農協は合併してr大きくなりました。
しかし農家にとっては農協の巨大化が目的ではありません。既成観念からの脱皮が必要な時代に入ってきています。理事の頭の近代化を進めなければ やがて、農協外集荷業者が参入し 産直が流通の主役になる時代に移行してゆくように感じます。
日曜に 肥料をJAで買うことはできませんが、 ホ-ム センタ- に行けば 手に入ります。
統制の時代から 大きく変貌しつつあり事を JAの独禁法違反の判定は警告しているように感じますが間違いでしょうか。

3月12日

何時に間にか 菜の花が満開となり 4月もそこまで近ずいてきました。
大急ぎで生姜畑の整地に 励んでいます。
皮肉なもので 畑の整地が始まると雨が降る日が多くなり、作業が中断されることになります。
雨が降りますと畑の土が乾燥するまでは 耕耘ができません。
湿気を含んだ土を耕すと 最後まで 土が固くなり 病気の原因となります。

税金の申告の時期となりました

決算を見てみますと 赤字となり まして この一年 働いてきたことがむなしくなりました。
といっても 健康体操の目的で生姜を栽培していますので、仕方ないかと あきらめる事にしています。
僕の場合は 生姜の単価は 50年来変動はありませんが、消費者の収入は 50年 にどれだけ延びてきたのか 計算して ほしいとおもいます。
昔から「 百姓と菜種油は搾れば 絞るだけ出てくる」とi言いますが、 これでは 涙も出てこなくなりそうです。
はっきりしているの 生姜の栽培農家が確実に減少していることです。
消費者はいつの間にか国籍不明の農産物にならされていくことになります。 加工食品は 材料費を安くするために 輸入農産物を主流にしなければならないのが現実なのです。消費者は安全を叫びながら 一方では安いか 高いかを選択して手が伸びるのです。。

2月26日
 アッと言う間に二月も逃げてゆこうとしています。
菜の花も咲き始め、梅の花も満開となりました。 でも まだウグイスの鳴き声は聞こえてきません。
3月に入らなければ春を感じないのでしょうか。

高知龍馬マラソンが行われました。
先日 1万人が参加して桂浜を駆け抜け 花街道を駆け抜け 青く澄みきった仁淀川を駆け抜ける マラソンが行われました。
景色の変化と沿道の観衆 南国高知独特の光景を感じるマラソンでした。
マラソンが終わると 次にはオ-プン戦が始まり 花街道の沿線では 楽天~西部 の1軍の試合がおこな われました。
韓国との交流戦も行われたりと 春は確実に深まってゆきます。

生姜畑の準備も急がなければなりません。

生姜畑に有機資材入れ これから耕耘が始まりますが 雨が 多くなり サッパリ作業がすすまなくなりました .
例年のことではありますが 近年温暖化の影響でしょうか 雨が多く降るようになりました。
乾季が少なくなり、雪もお付き合い程度に降るだけで 四万十川の水も氷ることがなく 春を迎えるようになりました。
畑を耕す作業に入りますと どこから出てくるのか 野鳥たちが 集めってきて 虫を探し始めます。
きっと巣作りが始まる準備に入っているのでしょう。忙しいのはお互い様なのです。




2017年元旦
おめでとうございます。
新年早々から静かな 暖かい正月を迎えました。
奥四万十では3月ごろの気温でして、風もなく 静かな新年を迎えました。

凧揚げも かるた遊びも正月風景から消えてしまいました


昔は奥四万十の正月と言えば カルタや たこ上げが定番で 子供たちの声が清流にこだましていました。
ところが今は テレビやスマホに夢中になり 外で遊ぶ子供の姿を見かけることはできなくなりました。また 山で鳴く小鳥のさえずりも聞こえなくなりました。 文化が変遷してゆく事に寂しさを感ずることは過去の光景を知っている世代がどっこい まだ生きている証拠かも知れません。
昔は子供は風の子 と言って外で遊ばされたものです。 最近の親は風邪をひいたら大変と厚着をさせ 暖房した部屋でテレビを見ていたら安心しています。凧揚げの、たこも作れない子どもになっても親は 何の疑問も抱かずに テレビの前で成長してゆくわが子を頼もしく感じながら 村を後にして都会に帰ってゆきます。 バイ バイ


12月24日

 クリスマスを迎え 今年も あとわずかで 新年をむかえようとしています。
新年になれば 来年の生姜の作付のための土つくりが始まります。
例年なら季節は乾季に入っていますのに、今年は 毎日雨が続いていまして 土が乾燥していません。
雪が降り 銀世界の新年を迎える季節のはずですが、近年は温暖化の影響で 霧に包まれて 奥四万十の山々は山水画の世界です。

「奥四万十博] が閉幕しました。

4月から続いてきた「奥四万十博」も最終日を迎えました。
奥シマント源流の四国カルストから 四万十市までを結んで開かれたイベントも 幕を閉じる事になりました。
新年を迎えると静かな奥四万十の春に季節は移って行きます。
人口減少が進み 一人誕生したら 人口が3人減少している現実が難しい難題を投げかけています。


11月 29日

生姜の収穫もヤット終わりました
収穫は人海戦術ですので, 友人、知人の援助なくしては 作業が出来ません。
その上に霜が降りるまでに収穫が終わる必要があります。 冷害にやられたら 貯蔵中に腐ってしまうのです。
収穫したらその場で 出荷する方が楽ですが 小袋にして出荷することは 面倒でその上 仕上がりは60%ぐらいになります。
年間出荷になりますと 不良品が出てきますので 年間平均しますと 出荷できるのは少なくなってしまいます。
まがったきゅうりに苦情が来るように生姜でも 斑点があったり 表面がきれいでないと理解されないのです。
農産物はパンやお菓子のように均一にそろった商品を望まれても期待に答える事はできないのです。
「曲がったキュウリはダメ」と言う消費者の発想の転換に期待して 今年の収穫は終わりました。

  収穫の風景です。手順としては、まず 引きあげて並べます。
次に土を 落して 並べ 茎をハサミで切り落とします。
この切り落とした生姜をコンテナに並べてつめます。
正味16キロぐらい入れたら 今度は 運び出して 地下室に入れます。
 
長いもので1年の冬眠にはいリます。
貯蔵中に腐敗する事もありますので、 ビクビクしながら気の抜けない日々を過ごすことになります。


9月24日


台風のご心配頂き感謝いたします。
奥四万十では210日前後は台風シ-ズンですが 黒潮の温度が高くなり直撃 台風のご訪問が 少なくなりほっとしています。
今回の台風も雨台風で大した被害はありませんでした。それでも 奥四万十の雨量は多く、アユも 下流に流されてしまいました。
奥四万十では20~30の風は そよ風ぐらいにしか感じていませんし、30度程度の温度は 当たり前ですのでニュ-スにもなりません。

今回の台風では 生姜には 大した被害は出ていないようですが、晴天になると病気が心配です。
雨が降りますと生姜はドンドン成長しますが、晴天になりますと日射病(?)になります。
過ぎたるは及ばざるがごとしです。後1っか月もすれば生姜の収穫が始まります。

8月21日
暑い夏も 峠を越したのか 秋を告げるそよ風が奥四万十を吹き抜けてゆくようになりました。
高校野球が終わると 急激に秋を感じるようになります。
生姜畑に咲く花も秋の季節を告げています。  生姜畑の草引きをしましたが吹き抜ける風にも 季節が急ぎ足で夏を駆け抜け秋が近づいている
ように感じます。 高知では 空港近くの水田では秋の収穫が終わり、新米での酒の仕込が始まっています。
9月になれば新酒が 消費者に届けられるようになります。 


奥四万十では 秋の風を感じるようになりました。

   
 奥四万十の里の稲も出穂に準備に入りまあした。
食べごろを逃がさ内容に 山ではイノシシが 食べごろの時期を
うかがっています。
トンボは 昆虫を求めて 低空飛行を繰り返しています
       生姜は秋を感じて 大急ぎで成長しています。
       除草剤を使いたくないので 雑草が 茂ってきました。
       10月下旬になれば収穫が始まります。
       農家の高齢化が進み 生姜栽培農家が減少しています。
       産直を進めなければ 他国籍農産物が主流になってゆきます。


7月28日

何時に間にか8月に入ろうとしています。
奥四万十の里には秋を感じるようになり、夜は網戸では寒くなりました。
エアコンもない夏を過ごして いますが 自然が季節の移り変わりを教えてくれますので、快適な夏でした。
四万十のかわらでは 子共たちの声が川辺にこだましています。
でも さびしいことに 村の子供の声ではありません。 年間1~2名程度の子供の誕生ですので 水遊びをするのは 町の子供たちです。
上流では天然林まで 切りつくしてしまって 奥四万十を流れる水量も減ってきています。 その上川遊びの声は都会からキャンプに来た子供たちなのです。 川から上がれば、昔の姿を取り戻した耕作放棄地が迎えてくれます。 美田は イノシシやシカの遊び場となりました。

暑さにも負けず生姜は成長しています 

  生姜畑にイノシシやシカが不法侵入しますので 山側の 雑草を
刈りました。  明るくすると彼らは警戒して里山に降りてこなくなると
期待していますが、 現実はそんなに甘くないのですが?
前方に見えるのは こちらではバッショウと言っていますバナナの原種の様な植物です。
たまには ミニバナナ が育ちますが 成長途中に秋が深まりますので 試食した事はありません。
一度味見をしたいものですが、その前に霜の害を受けるのです。
やがて 温暖化が進めば  バナナの産地になるかもしてないと考え
育てています。
 



6月4日

6月に入ると生姜の芽が出てきました。

4月に植えた生姜もやっと芽が出てきました。
早速夜盗虫が出てきて 大切な芽を 食べ始めました。
最初の芽を切られますと 収穫は半減します。 早朝に畑を回って 手で捕まえて います。
また 雑草が生えてきますので 見つけ次第 引き抜いています。
「上農は草を見ずして草を引き 下農は 草を見て草を引かず」 です。 ?

アユ漁が 解禁になりました。

高知県内の河川で アユ漁が解禁となりましたが、全体的には小ぶり ですが 水温が上昇すれば 楽しめそうです。
四万十川 中 下流では3月から5月に かけて 2トンほど放流していますので 8月に入れば楽しめそうです。
近年溯上アユは期待できなくなりました。災害のたびに 川の両岸がセメントで 覆われ 水は大急ぎで下流に流れてゆくようになりました。
川辺に 茂っていた 木は切られ、竹林はセメントに変わりました。
途中には ダムがあり 、水を太平洋側に落して発電している為に 水量が少なくなり、上流では 放流が主流となりました。
ウナギの住家である 岸辺はセメントとなり、石などは流され、アユのように 放流しなければ ならない時代となりました。
人間が 自然を都合の良いように解釈して 発展してゆく文明に 警鐘をならしている水害被害の警告を謙虚に聞く耳を持つべきだと感じています。 

5月10日

季節は新緑の5月に入り 山々が美しくなりました。
すっかりメ-ルをお休みしていましてスミマセン。 実はトラブルで更新でくなくなっていました。
やっと解決しましたが 生姜の植え付けに入りましたので なかなか更新が出来ませんでした。
生姜の植え付けが終わっりましたので 奥四万十の山を越した仁淀川町の山郷に出かけてきました・、


 
この写真は仁淀の里山の写真です。 若者は村を離れお年寄りが村里を守っています。
畑を耕す労力がないために みんなで畑に花木をうえて 里山全体を花で飾っています。
僕が訪れた時は 5月4日で 満開の時期でした。
多くの人が花見に訪れていました。美しい花に魅せられた訪問者たちに感心したのは 
ゴミを捨てていないことでした。 さすがに花を愛する人はマナ-が良いと思いました。
入場料を徴収していないので 申し訳ない気持ちがしましたが、 村中が花いっぱいですので
入場料など ミミチイことは 考えていないようでした。
申し訳ない気持ちで 花見をさせていただきました。 ありがとうございました。




2月12日

二月は逃げると言いますが早くも 奥四万十の里は 春の風が吹き抜けるようになりました。
生姜畑の 整地作業は 2月中に終わる必要があります。3月に入ると雨が多くなり整地に苦労することになります。
雨が 多くなることは四万十川に清流を供給する水量を 増やすことになり 喜ばしい事ですが、生姜農家にとっては 苦戦することになります。

4月10日から 奥四万十博 が始まります

山郷にはまだ桜が咲いている季節に 四万十博が始まります。 四万十川に 新緑を映し出す 季節に行はれますので 「オマン よう来てくれたねや」 といって 待っています。
奥四万十と言っても広域になりますので、海 あり 山あり  過疎の里 ありで 昔の姿そのままの 漁村ありで 近代的な 姿を想像していたら失望する事をお約束します。
川べりの竹を切って 糸をたらして 川魚を釣ったり 河原で釣った魚を焼きながら 炊事をしたり 野原で山菜をとって 料理したり 思い思いの 発想で 楽しむ四万十博となります。 人工的な施設で飾った博覧会を想像して訪れた訪問者の方には失望することを御約束します。
有意義だったか「」 「つまらないと感じたか」 その答えを出すのは あなたが決めることになります。



1月1日~1月10日

あけましておめでとうございます。
毎年今年こそは====と決意するも一年を経過する頃になると来年こそと決意することになります。
でも今年種をまいた植物には来年こそ---は通用しません。
農業は一発勝負なのです。 厳しいですね。

畑の耕起が始まりました。

生姜の畑の準備を始めました。
冬の間に有機質の投入を行います。土となじませ 微生物の力を借りるためには 冬の間に耕起して 畑つくりの準備をしています。
2月頃より 整地に入りたいと思っています。
畑を耕していると 山から小鳥たちが降りてきます。
ミミズや虫を食べ やがて訪れる春に卵をうめために 体力をつけているのです。
自然界も春の準備に備えているのです。


11月 20日

9月10日

奥四万十の里は 日増しに涼しくなり 朝は上着がほしくなりました。
生姜は後 30~40日すれば収穫に入ります。
長い雨が続きましたが 例年程度の豊作になると予想して 一様安心しています。
10月20日を過ぎますと掘り取りが始まりますので、四万十の旅の途中でも結構ですので収穫体験を希望される方はお立ち寄りくださいませ。

10月18日に 「四万十ウルトラマラソン」が開かれます。
マラソン参加定員は2200人ですが、参加希望者は6135人ありました。
抽選に漏れた方は 来年挑戦してください。
四万十沿線の美しい景観を楽しみ 沿線の人たちとのふれあいを楽しんでほしいと思います。


8月26日


秋風が吹くようになり、生姜はどんどん成長してきました。
11月の掘り取りまでに 球根の成長を急ぐ必要があるのです。
短日性植物は気候の変化に合わせて 成長をコントロ-ルしています。

台風のご心配に感謝いたします。

台風被害は少なかったです。水量が増えましたので アユは下流に旅たちはじめました。
下流えと旅だったアユは二度と奥四万十に帰る事はありません。
寂しい別れですが 仕方ない宿命です。
立派な卵を産んで来週も稚魚たちが 上流を目指して訪れる事を祈るのみです。
昔は遡上するアユの群れに 川はにぎわっていました。
冷蔵庫のない生活でしたので 海の魚は塩サバが主役で 生魚は四万十のアユやウナギが主役でした。

大人も子供も川で遊びながら 石に隠れているアユを手で捕まえていました。
夢中で漁をしていた御婦人が立ち上がろうとしたら 御腰の方が重くて立ち上がれませんでした、。
調べてみると モンペやパンツの中にアユがもぐりこんでいました。
今は火振り漁もできないほどアユも少なくなり 夏が来ても川辺にこだまする子供の声を聞くことはなくなりました。。

時々川から子供の声が聞こえますので行ってみると 町から来たキャンプ中の子供たちでした。
奥四万十の村大野見では年間二人生まれても 30人が 宇宙えのたびに消えています。

8月1日

早くも8月に入りました。 
奥四万十の里は 高校野球が終わると秋風が吹くようになり、 急激に気候は秋の準備に入ります。
生姜は炎天下にさらされ、これからは病気が発生する時期に向かいます。 神に祈るような気持ちで 成長を見守っています。
生姜畑にイノシシやシカの訪問をうけ 招かざる客から生姜を防護するためには、現行犯逮捕しか道はなく捕獲用のオリを設置する事にしました。
手作りですので大変ですが 完成品は高額ですので 自己流で作っています。

7月17日

生姜がやっと伸びてきて ホット一息ついたかと思えば 今度は台風の接近におびえています。
倒伏を防ぐために 網を張り 防護する必要があります。
自然と 戦っても勝ち目はありませんので、ひたすら防護に徹するより外になすすべはないのです。
どっかの偉い先生にお願いして生姜を護る為の[安保法案]を制定してもらえば 台風もそれてくらるのではないかと考えながら 防護網を張っています。

人間のエゴでしょうか

台風が東部の室戸に上陸したので 西部は雨や風の被害からま逃れました。
みんな「台風がそれてよかったね」と会話しつつ胸をなでおろしています。
台風が立ち寄ら無かったことは 別のところに立ち寄っているということになります。
 [台風がそれてよかったね」 と言う会話には引っかかるものを感じます。
「自己中心的でなないか ? 農民のエゴではないか 」 気になりますがやっぱり台風はそれてくれるとほっとします。

2015年 6月16日

パソコンとの意見の相違によりしばらく更新していませんでしたが、やっとのことで 再契約が出来ました。
3月から4月にかけて生姜畑の整地を行い5月には植え付けが終了 6月には早くも芽が出てきました。
ところがどこから出てくるのか夜盗虫が出てきて 夜になれば芽を食べます。
生姜は一番芽を喰われると収穫が半減しますので早朝に巡回して手で拿捕します。
おかげで早起きが出来ますので、健康のためにはよいのかもしれません。

生姜の芽が出るまでは黒マルチで表面を覆います。
こうして雑草を抑えています。
 休んでいました芽が芽が出てきたら 今度は乾燥をを防ぎ 雑草を抑えるためにワラを敷き炎天下の夏に備えます。


2015年 1月1日

あけましておめでとうございます。でも新年に浮かれている余裕はありません。
乾季に入る 1~2月に生姜畑の土つくりを急がなくてはならないのです。

新年を雪が祝福してくれました。
高知では雪の正月はめったにないことです。
道路を車か走る事もなく静かな正月となりました
昔は雪ダルマを作る子供の声でにぎやかでしたが、今では凧揚げ風景も
雪だるまの風景も見る事はなくなりました。
一年間に出生する子供の数が2~3人で 、イノシシは200頭以上生まれています。
やがて奥四万十の里は 野生動物が支配するようになることは確実となりました。
でも人間と違って野生動物はお互いに殺し合うことは無いのです。
平和とは--?の答えを野生動物から教えられ時代に入りました。
 

2014年 12月10日


アット言う間に今年もあとわずかとなりました。
夏は2つの台風のご訪問に授かり 4000ミリの雨量を記録しました。
秋も過ぎホッとしていたら 今度は大雪となり 徳島との県境には電気も道も 電話もない状態が続いています。
なんで四国が雪の被害になるのか理解できないかも知れませんが、実は今回の四国の雪は東北の雪とは違って水分を大量に含んでいまして、サラサラした雪ではないのです。雨水を含んだ雪を想像していただければ 解りやすいかと思います。

消費者との交流に京都周辺に出かけてきました

生姜を利用している消費者のご招待を受け 出かけてきました。
帰って2~3日目には大雪となり国道も不通となり、雪に閉じ込められた車の列ができ 自衛隊まで出動する始末となりました。
今朝のニュ-スでは 雪に閉ざされた家の中で老人の死亡が確認されたと報じられました。
町に住む子供たちの呼びかけにも答えず、山での生活を選択して頑張っていたようです。
四国は橋でつながったとはいえ 陸の孤島で 島国だと言うことを実感させられました。。
こんな孤島だからこそ有機農業に取り組むようになったのでしょうか。

10月19日

早くも 奥四万十の里は何時霜が降ってもおかしくない季節となりました。
今年は台風がたびたびご訪問されまして 四万十川も暴れ川となりましたが、水害のたびに住宅は安全地帯に建てられるようになっていますので
、被害は最小限にとどまりました。
最近はどうした事か台風のたびに竜巻が発生しまして 植林がなぎ倒せれるようになりました。
我が家の裏山でも植林が根っこから引き抜かれ 大木が生姜畑にまで倒れかかりました。
ご心配くださった皆さんに感謝しています。 おかげさまで間もなく生姜の収穫に入る事が出来るようになりました。


 台風で檜が倒れました


台風により発生した竜巻により 倒れた檜です。
生姜畑に横倒しとなり ました。

収穫の邪魔になりますので撤去しました。        
                                                
     収穫を迎えた生姜の姿です

消毒をしていませんが こんなに育ちました。
収穫作業を手伝ってくれる人が足りないので困っています。
どなたかお手伝いくださる方がおいでましたらご連絡くださいませ 宿泊も出来ますので秋の奥四万十の旅の途中でも結構ですのでお立ち寄りくださいませ。
 



9月10日

やっと晴天となりました。

8月に2000ミリ以上の雨が降り生姜も大分流されました。9月8日を過ぎてからは雨も根負けしたのか太陽が顔を見せるようになりました。。
今でも畑には流木のお客さんが居座っています。
取り除くべきですが、2000ミリの雨の贈り物ですのでまだそのまま放置しています。
車から見えますので四万十の水のすごさを感じていただければと思います。

前東海村村長の講演会がありました。

先般講演会があり、東海村前村長は「原発では発展する村つくりはできなかった」と、語られました。
地方の発展は歴史や資源を大切にする姿勢が大切と語られました。
また「四万十に原発はいらない」と原発反対運動に立ち上がり、闘争心を爆発させた島岡氏が、「原発を再稼働させて良いのか」と訴えました。

貧しい村が豊かになる

お隣の窪川町に原発問題が持ち上がった時「金のなる木を枯らすな」と賛成運動が繰り広げられました。
貧しい町や村は金のなる木に揺り動かされました。
四万十の清流は開発に取り残された結果に過ぎないかもしてません。
原発問題が決着してホッとしていたら 今度は住民に知らされないままに「廃棄物処分場」誘致が進められていました。
米も生姜も豊かさを約束してくれない。それより」「高レベル放射性廃棄物処分場を誘致したらどうか]
金のなる木に夢を託し奥四万十の峰も候補地に挙がっていた事を最近知りました。

僕たちが住む大野見地区には島の川とゆう景勝地があります。この島の川には四万十清流の源泉の一つ、鈴ケ森(1054メ-トル)があり、スズ、スズ(鈴)と住民に愛されていて、 貴重な自然が残されています。
事もあろうにこのスズ(鈴ケ森)山に廃棄物処分場を誘致する運動が秘かに進めれれていたのです。
気が付いてみると 動燃による地質調査はとっくに済んでいるようです。
自冶体には年間十数億がはいる。また処分費用として3兆円が必用であり 農業収入と比較すれば答えはわかっているはず。
貧困に苦しむ住民のために誘致運動がひそかに進められていたのです。、


貧しさを豊かさに変える為に

土佐の国は貧しい農漁村の村である事には反論の余地はありません。
東の東洋町では町が二分された。 西では足摺地域は格好の候補地と言う。
四万十川沿線では 「四万十町北西部」、 「四万十の秘境西土佐」、「四万十市三原」、など貧しい地域が狙いうちにあっています。

ところが廃棄物処分の解決すら人類は答えを見いだせていないのに、原発事故が発生しました。 廃炉にした廃棄物をどこに、どのようにして処理するのか。
解決の糸口さえ見えない難しい宿題を突き付けられました。
それでも豊かさを求めて原発に活路を求めようとする動きは続いています。

人類が手を触れてはならない悪魔の贈り物に豊かさの夢を追い求める日本人の勇気に圧倒されながら 雀の涙ほどの収入を求めて生姜畑で汗を流しています。。

ひとかけらの生姜から愛を学ぶ」

8月には2000ミリの雨量を記録しました。
2~300ミリの雨量は自然からのシャワ-だと 感謝していましたが2000ミリを超しますと四万十の沿線では町が浸水し農地には激流が流れ込みました。
国境なき平和部隊(自衛隊)の給水車から飲料水の供給を受けて、急場をしのぎました。
雨が降って水の供給を受けるとは笑い話の様ですが事実です。
全国の生姜を利用してくださっている方々から 「大丈夫か。何か援助を必要とすることがあれば知らしてほしい」 見ず知らずの方々からもお電話を頂きました。
涙が出るほどうれしかったです。おかげさまで心の豊かさが大切なことを学びました。
ひとかけらの生姜が結ぶ愛の大切さを学びました。
動燃から巨万の富を得るより、はるかに貴重な富を得た喜びを感じています。 ありがとうございました。

8月13日

生姜は長雨で大きな被害が発生しました。
県下の生姜被害総額は4億517万円に上り、中国やアジアからの輸入が増える危険があります。
生姜畑では、安全な国産生姜を護る為に懸命な手入れ作業が続いています。

四万十川観光も打撃を受けています。

台風11号~12号による豪雨被害は四万十観光にも大きな打撃を与えています。
四万十観光を計画されています方は今一度現地の受け入れ確認が必要だと思います。

キャンプやカヌ-屋形船などは実施不可能になっています。
当分川遊びはできなくなっています。
ただホテルなど観光施設はガラガラで予約がなくても利用できます。
四万十町昭和の「ふる里交流センタ-」は2階まで浸水、カヌ-の資材に被害が出ていています。
逐次回復に努力していますので 現地の受け入れ状況を調査の上 四万十に足を運んでほしいと思います。
生姜も皆さんとの面会を待っています。高速中土佐インタ-から 20分ほどで奥四万十大野見に着きますのでお待ちしています。


8月12日

台風11号、12号は想像を絶する雨量を記録、奥四万十にも大きな爪痕を残しました。
気象庁デ-タ-を参考にしますと 総雨量は 鳥形山で2008ミリ,  奥四万十の船戸地区で1797ミリ、を記録しています。
雨量に比較して被害が少なかったのは、奥四万十では 川から離れた場所に生活の基盤を確保しているためだと考えられます。
明治時代に家屋が流された教訓が今も生きているのです。

8月11日

1000ミリ以上の雨量を記録しているのに追い打ちを掛けるように台風11号が上陸しました。
被害の状況を調べるために夜明けには外に飛び出しました。
風と雨の脅威を目の当りにして、足がすくみました。

写真説明

 倉庫の前は川になっていました。
流木が谷川をせき止めたために流入してきたのです。

 
生姜畑には大木が倒れていました。
 
生姜畑は水に流され無残な姿になっていました。
 
生姜畑は川になっていました。
 
被害を受けた生姜は新生姜を希望する消費者に贈りたいと思っています。
 
見事に激流にさらされた生姜。前方四万十川本流は素知らぬ顔で流れていました。。
   
橋は激流に沈み通行禁止になっていました。                            写真右上流に浮かんでいる立木は左の写真の立木です。
橋は沈んでも立木は  懸命に激流と戦っていました。                    

8月10日

毎日被害は拡大してゆきました。
10日の夜は強風で山の木は根こそぎ倒れ、倉庫には谷水が流入してきました。
でも真夜で外には出られず異様な台風の叫びを聞きながら一夜を明かしました。



8月9日

ついに雨量は降り始めから1300ミリを越しました。
最初は自然のシャワ-ぐらいに思っていましたが、さすがに1000ミリを超しますと自然の驚異を感じています。
生姜も激流に洗はれ恥じらうこともなく、白い肌をさらしています。
早く土で覆いたいと思いますが 連日の雨でどうすることもできません。

豪雨お見舞いに感謝いたします。

奥四万十は陸の孤島となり、生姜の出荷も出来なくなる危機に直面しています
飛行機もダメ、国道も通行止め、高速も、あてにはなりません。
大変なご迷惑をおかけします事をお詫びいたします。
心配された方から わざわざお見舞いの言葉を頂きました事を感謝いたします。
「困っていることがあれば何でも申してください」とお声をかけてくださり涙が出るほどうれしかったです。
でもご安心くださいませ。今のところ直接困っておる事はありません。

過去の水害記録

四万十の沿線では過去には水害に悩まされてきました。明治23年9月11日の水害では山が崩れて四万十川をせき止め,一気に流失して、
大野見地区だけで馬4頭 死亡者4名 流失家屋57戸 の被害を記録しています。
最近では昭和38年8が8日700ミリの雨量を記録120戸が被害にあっています。

 この被害を教訓に四万十川沿線では住宅は川から離れて建てられるようになりました。
今回の雨量は過去の雨量記録を越して1300ミリ~1500ミリを記録しましたが家屋の流失はま逃れています。
いつ大きな水害が発生しても不思議ではない雨量を記録し今も降り続いていて、1500ミリの恐怖を感じながらパソコンに向かっています。

いま一番恐ろしいことは山津波が発生して四万十をせき止める事です。
一気にくずれた時想定外の被害が発生する恐れがあります。過去の被害を忘れ 山を見捨てた人間に対する自然の逆襲におびえています。
過去の暗い歴史は繰り返してはならないと思いますのに。(-。-)y-゜゜゜

8月3日

今回ご訪問頂いている台風は高知に800ミリ以上の雨を降らしています。
高知県では2万人に避難勧告が出されました。
高速も列車もストップ 高知は陸の孤島となりました。
後ろは四国山脈前方はアメリカ迄海ですので、いまさらじたばたしても仕方ないので
生姜畑や四万十川を偵察に出かけてきました。
濁流が渦を巻いて生姜の中を流れ、
四万十川本流は激流が渦を巻いていました。
奥四万十上流では800ミリ以上の雨を記録したのですから 無理のないことかも知れません。
下の写真は激流に沈む沈下橋の状態です。

 
 
沈下橋はまさに水面下に沈下しようとしています。


  
   沈下橋の入り口に建てられている案内板です。
普段は看板の写真のように水面に頭を出しています。
800ミリも雨が降れば上流から流木が流れてきて激突するかも
しれないのです。
そこで水面下に沈んで災害を逃れようとしているのです。

8月1日

早くも今日から8月に入りました。
奥四万十の里はこれから急速に秋の季節に衣替えしてゆきます。
今年もお米は豊作が予想されます。
昔は競争して消毒が行はれていましたが、最近は無消毒が当たり前になっていて、消毒する農家はめったに見かけなくなりました。
トンボが飛び交い、バッタが飛び交う当たり前の風景が戻ってきました。
僕はこんな農村風景で育てられたお米を≪トンボ米≫と呼ぶことにしていますが、安全嗜好を求める消費者やお米屋さんに認められて 生産者個々に宅配で
配送されるようになってきました。


生姜もどんどん成長してきました。

台風が雨を運んできてくれるおかげさまで生姜はどんどん成長してきました。
高知が生姜の産地となったのもこの台風の恩恵もあります。
生姜は台風で倒れ全滅の危機にさらされる年もありますが、台風が雨を運んでくれなかったら
高知が生姜の産地にはならなっかと思います。

しかし雨も程度もんで800ミリを超しますと話は別になります。
水道管が破裂したような雨が降りますと800ミリを記録することになりますが、そうなれば 四万十川はあばれ川に変身するのです。
 

7月10日


生姜に網張をしました。

台風から生姜を守る為に網を張りあとは運命を天に任すことになります。
雨が続いていますので、さっそく雑草が伸びてきています。
晴天になれば大急ぎで草引き作業が待っています。
しばらく太陽を見ていませんので炎天下での草引きは熱射病の心配がございますが、草は容赦なく成長しますので雑草と言うゲリラとの戦いが始まるのです。

台風は今日中に高知に上陸するそうです。

台風は日本国中に豪雨をもたらし、長野県にも土砂崩れの被害が出たとの事 お見舞い申し上げます。
台風銀座の高知県ですが 最近の台風は直接上陸していませんので 雨風ともに大したことはなさそうです。
心配なのは長雨の後の炎天です。
人間様ですら急に炎天下に出ると日射病になる危険がございます。
生姜は直接炎天下にさらされることになりますので、病気が心配になります。
消毒もしませんので運命を天にお任せすることになります。

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6月17日

生姜は先を争うように芽を出してきました。
早速中耕 除草、敷き草をいれる作業に取り組んでいます。
また招かざる客としてイノシシが生姜畑に侵入して散歩を繰り返しています。
冬場に投入した有機質肥料にミミズが隠れているためにイノシシが御馳走にありつこうとして踏み荒らしてゆきます。
網で畑を囲いイノシシの侵入を防いでいるつもりですが、イノシシは頭がよいので、少しでもすきまがあれば 容赦なく掘り起こしてしまいます。

ホタルの季節を迎えました。
我が家は四万十の支流アトカワ川を挟んで建てていますのでホタルが川辺を飛んでいる姿を眺めることが出来ます。
今年は例年より多く飛んでいるみたいです。
窓から部屋に飛び込んでくる ホタルもいたりして電気を消して部屋を提供しています。
ホタルの季節が過ぎれば暑い夏の到来となります。

5月5日

生姜の植え付けが終わった畑には黒いマルチを敷き詰めました。

これは雑草から生姜を護る為です。  除草剤を使いませんのでそのままでは生姜より先に雑草が芽を出してきます。
そこで黒マルチで一面に覆い雑草の発芽を抑える戦略をとっています。
風が吹くとマルチは飛びますので石を重しにしています。
ところがイノシシやハクビシンがこの上を歩いて穴をあけてしまいます。
有機栽培言っても簡単ではなく雑草と野生動物との共存と言う難しい問題に直面
することになるのです。 
 


 
四万十川財団の認証を受ける事が出来ました。
四万十川の保全に取り組んでいる四万十財団のブランド認証を受けたことにより生姜販売代金の一部を四万十の保全に役立させていただくことになりました。

「四万十の誓い」
人々に大いなる恵みを与えてくださる母なる四万十に対する感謝を胸に世の人々に愛されるよう日々精進することを約束します。(要約)

認証にはこのような誓いの言葉が記載されています。 
四万十財団HPで紹介されています.





4月28日


生姜の植え付けが終わりました。

写真は種生姜を並べて植えている状態ですが、あとは土の布団をかぶせて植え付け作業は終了です
これですべての作業は終了すると思っては大きな間違いです。草の発芽を防ぐためにクロマルチで覆う作業が待っています。
※左の奥に見えます構造物はイノシシやシカを拘束するための留置場です。
有機物を多く投入していますのでミミズが繁殖しイノシシが畑を掘り起こすことになります
そこで畑に入る前にオリに入れて反省して頂くことになります。
植林が進み雑木が消えて木の実がなくなり不本意ながら生姜畑のミミズを食料として求めるようになりました。そんなイノシシの気持ちも理解できますが、僕にも僕なりの事情がありますので現行犯逮捕せざるを得ないのです。

 
四万十川のウナギが禁漁になります。

四万十川の清流で育ったウナギが10月から3月まで禁漁になります。
奥四万十では冬眠中のウナギのねぐらの石を動かしびっくりして出てきたウナギを捕る失礼な漁が行はれてきました。
しかし近年は夏も冬も川で漁をする人は減ってきました。川に魚がいなくなってしまったからです。
原因は河川工事で大きな川がセメントで補強され住処を奪われてしまったからだと思います。。
上流では 川岸の原始林が伐採されアメゴの餌となる虫が落ちてこなくなり食糧難となりました。
TPP締結により人間も食料の自給が心配になってきました。四万十川では禁漁しなければ魚が住めない川になってしまうことは悲しいことだと思います。
「今なら間に合う」そんな望みも期待できない時代に入ってしまったのでしょうか。

4月18日


桜の季節も終わり 新緑が美しい季節になりました。
イタドリやゼンマイなどの山菜採りの季節になりました。
「高知の人ははイタドリを食べる」と笑われていましたが、最近は自然食が見直され、道の駅などで人気があり他県でも加工されるようになりました。
でも北海道では内地のような食用になるイタドリは育たないようです。

生姜の植え付けが始まりました。

霜の心配もなくなり、生姜の植え付けが始まりました。
皆さんが食用に利用されていますのは小さく割っていますが、種の場合は500グラム以上、の大きいものを使います。
夏の乾燥期に子供の生姜を護る為に親生姜はなるべく大きい物を使用します。
人間の子育てと同じような育て方を生姜もしているのです。
それから日照時間の少ない畑で育てますと茎が長くなり天に向かって伸びてゆきます。
太陽光線を求めて少しでも仲間より高く伸びようとします。生姜の世界でも熾烈な生存競争が繰り広げられてゆくのです。

4月3日


早くも4月に入り ました。
1月から2月は 生姜畑に天地返しをして春を待っていました。
気が付いてみるとはや4月に入っているんですね。

我が家の前の県道にも桜が満開となりました。

この桜の下を奥四万十の源流を目指して若者が 駆け抜けてゆきます。
生姜畑からこうした光景を眺めています。
、生姜農家の宿命でしょうか、さくらが咲いても見上げるゆとりもなく畑に直行しています。
4月10日がすぎれば生姜の植え付けを始める予定です。 
 
14年 1月26日

アット言う間もなく1月も過ぎ去ろうとしています。
2月は逃げると言って過ぎ去り やがて春の訪れとなります。
「時は人を待たず」と言いますが、やりたいこともありますので、少し待ってほしいと思いますね。

過疎の集落はどうなるの?


町村合併により地方議会の選挙もばらばらとなり、統一地方選挙は消えてしまいました。
昔は道端で焚火をして 別の集落からの侵入者の見張りをしていたりと農村のもっとも活気づく、時でしたが今は静かなものです。
ひと山超えた県の町では議員の候補者が定員に足りなかったりしていますが、わが町でもやっと定員を確保 面目を保つことが出来ました。
選挙の苦しみを味わう期会のなかった議員先生は選挙の時期を過ぎれば一度も顔見せなくなりました。合併により集落はさびしくなりました。
合併は行政と住民との接点を失い、若者は村を去り、お年寄りは遠いところに 旅立ち二度と帰ってこなくなりました。
津波対策が整備されても逃げる人がいない農漁村になろうとしています。やがて避難道は イノシシや 鹿が遊ぶ道になりそうです。
喜ぶのは土建業者で 泣くのは納税者になりそうです。そんなことを考えながら 生姜畑に出かけています。
4月になれば生姜の植え付けが始まりますので畑の準備をしています。
準備と言っても簡単なことではなく、荒れ地を開墾して二宮金次郎になったつもりで開墾をしています。
農薬に頼らない栽培のためには毎年新しい土地を求める必要があるのです。石がゴロゴロ
出てきますが二宮の金ちゃんになったつもりで頑張っています。
勿論僕は金ちゃんほど偉くは無いので機械のお世話になっています。
そんな現場に「四万十川財団」の方が現地視察に訪れてくれました。 今年植えつける生姜の
「四万十プランド」の認証を認めるかどうかの現地視察と言うわけでご訪問とくださいました。
 
 


2014年1月1日

あけましてお目でとうございます。
どうか明るい夢の開ける年でありますことを祈りたいと思います。
日本は小ちゃな島國でどこにも逃げることはできません。
昔ならそれでも平和な島でした。今はロケット一発で,原発の電源を破壊されただけでこの島には生き残る道はないと思います。
それでも核保有に頼り 海外派兵に平和の道を模索しようとしています。
有機栽培に取り組む農業などちっちゃな抵抗に過ぎないかも知れませんが、待っていてくれる消費者がいる限り、大地に種をまき続けたいと思います。

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11月30日

本格的な冬到来を感じさせるような今朝の霜でした。
霜に驚いた友人から、「今日は収穫するので取りに来るように」との連絡が入り早速これから出かけることにします。
柿は昔は貴重な秋の贈り物でしたが最近はカラスが喜ぶだけで子供も食べなくなりました。
輸入果物は食べても 庭先の柿を食べない子供を見ていると、幸せなのか不幸なのか解らなくなりました。


11月20日

産直交流に出かけてました。
生姜の収穫が終わりましたが、ホットする間もなく消費者との交流会のご案内をいただきました 。
時間とお金の都合で、夜行バスで出かけることになりました。
高知を21時30分に出発して京都についたのが朝の8時 ざっと10時間以上かかりました。
四国は外国にゆくより時間がかかるんです。
電車も信号もない村から出かけているんですから、アッタリ前かもしれませんがそれにしても四国
は島國だとの実感がわいてきました。
京都駅前では「 原発いらない」「原発反対」と叫ぶ市民の声がこだましていました。
一方では原発の危険性を密封するために「秘密保護法」を早期に制定するために国会の偉い
先生方は法案の可決の時を待っているように感じてゾットしました。

 

京都では秋のモミジが僕を迎えてくれました。

四万十でもモミジは 川辺に紅葉を映していますが、京都のモミジは四万十とは一味違った風情がありました。
歴史の深みを語りかけてくれる美しさに感動しました。
嵐山では台風の爪痕がいたるところに残っていましたが、ボランチヤの力で見事に立ち上がって
いました。
外国の観光客は、 商店の略奪もなく整然と復興に協力することと、被災地のトイレのきれいな事
に感心していました。
日本の文化の深さを感じた秋の京都でした。
 
11月25日
奥四万十の里にもやっと霜が降りるようになりました。
アット言う間に今年も早や12月を迎えようとしています。
奥四万十の里も温暖化で霜が遅くなりましたので、モミジもやっと色艶がよくなりました。
つるし柿を作りたくとも温度が高いので、うまくできません。
北風が吹き毎朝霜が降るよな寒さが来ないとダメみたいです。

生姜の収穫も終わりました
生姜の収穫は11月上旬に終わりました。
消毒もしないで栽培しましたが、、それなりに育ってくれまして自然の力に
感動しました。

手伝ってくれている人は 何歳だと思われますか。?
今年95歳の方ですが、生姜の収穫が始まると応援に来てくださいます。
「生姜の力で元気をもらっているから」と収穫が始まりますと家でじっとしていられないそうです
生姜パワ-で100歳まで手伝ってほしいと思っています。
 
9月14日

奥四万十の里も秋が深まりました

ちょっとゴム沙汰しているうちに はや暑い夏ともお別れ、奥四万十の里は急速に秋が深まってきました。
今朝は上着で防寒して パソコンに向かっています。
お米の収穫もやっと今日で終わりそうです。 毎年台風のご訪問を受けていた高知県ですが、、近年は台風にも嫌われご訪問くださらなくなりました。
おかげさまで、豊作が続いています。
消毒も除草もしていなくても秋にはチャント黄金の稲穂が波打つ光景に感動すると共に、先祖代々奥四万十の里でも飢餓と無縁での生活できたことに感謝したいと思います。
土佐湾沖を流れる黒潮の海水温度が上昇しているために台風も幹線道を外れて侵入禁止の路線に迷走しているようです。
地球の温暖化がこの調子で進めば近い将来には北海道の稲作が急速に拡大されてゆくと言う予想が的中しそうです。

さて最近安全嗜好の消費者からお米の注文が増えてきました。
原発事故の影響の少ない奥四万十の米を求める現象を「喜ぶべきか、悲しむべきか」答えは解りませんが、安心嗜好の消費者がいる限り米つくりは続けてゆきたいと思いつつ収穫の秋も終わりを迎えました。 これからはモミで貯蔵して注文があれば精米することになります。
米で貯蔵するよりもモミで貯蔵する方が新米の味を保つことが出来ますのでモミのまま貯蔵しています。

間もなく生姜の収穫が始まります。
秋の深まりとともに生姜も急成長してきました。
気温も急激に下がってきました。生姜は賢い植物で温度が下がってくると茎の成長を中止して 根茎に養分を貯蔵するようになりました。
生姜は人間に食べられることは想定外の事で、生姜にしてみれば種子として子孫を残すための準備に入ったのです。
私たち人間が植物を食べることは植物の命を頂くことなのです。
食用に利用させていただいた感謝の気持ちを込めて来春には一部を種子として利用して大切に育ててゆく事になります。
それが事前のサイクルなんですね。

 
8月22日

例年ですと奥四万十地方は雨のほしいときに適当に雨が降りありがたい思いをしますが今年は雨らしい雨は降りません。
稲は幼穂形成期に入っていますが 思い切って水も流せなく汗だけが流れていまっす。
生姜は子 孫と家族を増やしてゆく季節ですが、こちらも水不足で少子化の傾向が続いています。
秋の収量に影響しますので、心配になってきました。

四万十が日本一になりました


四万十川が日本一になり、西土佐では日本一の垂れ幕がなびいているようです。清流日本一に評価されたことが一度あるだけですので うれしさの底が抜けたような騒ぎになりました。
生姜は炎天下の影響で生育が遅れていますのに、人間だけが炎天下のもとで、日本一と浮かれています。
マア~~これもさして自慢できる産業のない貧しい奥四万十の現状ですから笑ないでください。
ではなんで日本一なの???早く言えよ??とお思いでしょう。
実は40度を越して最高温度日本一になったのです。 これって 喜び自慢できることか~~とお思いでしょう。
でも清流の外には何も自慢できることがないですから 許してくださいませ。

40度を超すと水温が上昇して アユも育ちにくく 挙句には記録的な不漁になっています。
水量が減っていますので 夜に川に入れば手でアユをつかむことができます。
コツは火振り漁の終わった後で川に入り 火振りにたまげて石にはいって隠れているアユをつかむ方法です。
俺に任せろ、女だって アユだって つかむことには慣れているから、と一杯機嫌で飛び込む事だけはご遠慮ください。
ポッカと深みがありますので、ご注意くださいませ。

8月15日

冷房のない夏をすごしています。
四万十では 40度の猛暑が続いています暑さで オロオロしているうちに 早くも8月 お盆が過ぎれば高原に秋風が吹き抜けるようになりますが、
まだ我が家では日陰でも30度を越しています。
でも原発事故で発電量が減っていると思い協力する?意味で我が家では エアコンなどの文明の力はなく、ひたすら我慢の夏を過ごしています。
生姜は乾燥に弱く やっと枯れずに育っています。
雨をひたすら待ちつつ じっと猛暑に堪えている生姜を見ると、エアコンに頼る生活はできないと思うのです。
地球の生物すべて運命共同体なんですから,人間も頑張らくっちゃ------( ^)o(^ )
炎天下 開墾していたら石がゴロゴロ出てきました。
 ご主人の方は極めて いし(意志)がよわい 方ですがあざ笑うように
意思まちがいました 石は遠慮なく出てきます。
これがお金ならいいな~~~~と思いますが、世の中そんなに甘い
もんじゃないとあきらめました。

 来年春に 植えつけて 年末に収穫 再来年から出荷が始まり、ます。
つまり百姓の手にお金が入るのは2年先になります。
月末にはジャンジャンとお金の入るサラリ-マンには想像もできない気長い
職業 それが農業なのです。
あわれに思う方は この石ころで育てた 有機栽培の生姜をかみしめて
くださいませ。子供に食べさせたら根気よくなると思います。
 


6月12日

台風と雨量

日本と言う国が砂漠化することもなく 小さな国土で食料が自給できてきたのは 台風が雨をもたらし 水田を潤してきた気象条件によることが大きいと思います。
しかし近年はこの恵まれた自然条件を利用する農業をみすて輸入農産物が主流となりました。
そのため農家人口は減少し過疎は進んできました。
現地の飢餓に苦しむ子供たちの目の前で日本は食料を輸入し、一方学校給食でも残飯の山を築いています。
この、現実を前にしながら問題点を教えることを忘れてしまった 「日本の教育現場」 どっか間違っているように思いながら田植えをしています。

映画「奇跡のリンゴ」 を見にゆきました

「輸入農産物が安いのに何故農業を守る必要があるのか」そんな疑問を投げかける風潮を思うとき農民の使命が変化してきているように思えてなりません。 そこで「奇跡のリンゴ」の映画を見てきました。
高知でも数十年前農薬散布の指導をしていた県の改良普及員が農薬中毒で死亡しました。
奇跡のリンゴ農家も農薬中毒の現象に苦しみ無農薬栽培に取り組む決心をしましたが いざ実行してみると消費者には想像もつかない苦労があったようです。

この映画を通じて奇跡のリンゴの訴えている奥の深さに圧倒させられました。
昔福岡正信先生に指導を受けるべく愛媛のミカン畑を訪問したことを思い出しました。
電気もガスもない山小屋で先生は焚火を囲んで雑草の種子を土の団子で包み飛行機から砂漠に投下して地球規模の緑化に取り組んでいる話をされました。

その後エジブトを訪れ砂漠とはどんな世界かを見てきました。
農業にとって雑草は敵ではなく共存すべき仲間だと言うことを学びました。
奇跡のリンゴ栽培も結局雑草と共存してゆくことから、道は開けていったのです。
福岡先生は著書の中で(有機農業の実践)は私にはあまりにも荷が重すぎた.私は人間として最大の喜びを知ると共に、深い悲劇も観なければならなかった。
と記されています。
米や生姜栽培での私の取り組みなど,幼稚な子供の遊び程度の事にすぎませんが 程度の差こそあれ共通した問題には共感できることばかりでした。

何故消費者の鑑賞が少ないのでしょうか。

映画館に入ると台風で仕事を休まざるを得なかったのか農家の方が多かったように思いました。特に後期高齢者予備軍の方が多かったように思いました。
食の安全に関心のあるはずの消費者の方や農村の若者の姿を見かけることは無いままに映画は終わりました。
日本の現実を見ているように感じまして寂しい気持ちにさせられました。

ドイツの田舎で食べたリンゴを思い出しました。

ドイツの 田舎の民宿で夕食を食べていたら村の村長さんや農協組合長さんの訪問を受けました。
なんでも村にとって初めての日本人の訪問だと驚いてわざわざ訪ねてくださり 交流を深めてくださいました。
日本の農家の平均耕作面積を聞かれて7反(0.7ヘクタ-ル)だと答えたらドイツの200ヘクタ-ルと比較されてビックリされていました。
「小が大と対等に共存できる道はあるだろうか」そう考えながら長い夜を迎えました。
 
民宿の朝は早く農家のおばさんは4時頃から 自家用に飼育している鶏に餌を与えたり 乳搾り作業のために牛舎に行ったりと忙しく働いていました。
やむなく早朝の散歩に出かけると民宿の庭にボツンと一本のリンゴの木が立っていました。
その木には小さなリンゴがなっていました。庭の中に育っているので消毒はしていないとのこと
登ってむしり食べてみると想像以上においしくビックリしたことでした。
この無農薬リンゴはジャムにしたりして保存用に加工して利用している貴重なリンゴだと説明され二度びっくりしました。

農家の庭で無農薬リンゴが育っている現実に直面して小規模農業の日本人が忘れている 自然の力を教えられたように思ったことでした。
「奇跡のリンゴ」の映画をあなたにも鑑賞していただきたいとの思いから今朝は長いひとり言になってしまいました。   ごめんなさい

5月29日

高知も梅雨に入りました

生姜は梅雨に入りますと乾燥する危険がないことを知っていて,,一斉に発芽の準備に入ります。
また昔は馬に鞭うって田植えの準備にはいりました。
昔から村の乙女たちの田植歌が聞こえるようになったら生姜の芽が出ると言はれています。
雨が降ろうが晴天になろうが農家は忙しくなります。

三浦さんお帰りなさい。

今朝のニュ-スで三浦さんが帰国したと伝えていました。
8848メ-トルのエベレストに80歳で登頂に成功し事は高齢化社会を迎えた日本人に勇気を与えました。
今回は特に脱水症状と戦い、これまでに経験したことのない疲労に襲われたそうです。
もうお年だから冒険は若い者に譲り、のんびり余生を送られるのかと思ったらエベレストのキュンプで次の夢を発信されました。
「80歳からが新しい冒険の始まりだ」と宣言されたのです。80歳までは冒険のためのトレ-ニングにすぎなかったのです。

80才の三浦さんの記録を破るべく エベレスト登頂に挑戦していた81歳のシェルチャン氏は28日に登頂を断念されました。
しかし三浦氏の記録を破る機会を先に延ばしたに過ぎないかもしれません。
80歳から始まる新しい冒険はこれからも続いていくのです。


生姜で体温保持

三浦さんは 登山で一番大切なことは極限の寒さとの戦いだと言はれていました。
8000メ-トル級の登山では体温をどう維持するかの戦いでもありいろいろと試したそうでが、体温保持には生姜に勝るものは無いと言う結論に達したそうです。
日ごろから 生姜を使って体力の活性化をはかる事が大切だと思いました。

常識を超越した生命力

今回僕の不注意で陥落事故を起こし、ヘリで搬送されました。
奇跡的に一命を取り留めましたが 退院するとき主治医から「君は自分に与えられている命は全部使っても足りなかった。それでも助かったのだから
リハビリに励むように」と忠告されました。
日ごろから生姜をいろいろな料理に使って体力を保持してきた生活が 命の足りなかった分を補充してくれたように思っています。
冒険家の三浦さんの生姜の効能を信じた食生活が僕の命の補充をしてくれたように思っています。
80歳が新しい人生の始まりだと宣言した三浦さんに生姜を贈りたいと思っています。


5月19日

生姜も間もなく芽が出てきます。
周囲の草を刈ったり 石を拾い出したり 発芽までの準備作業をしています。
中耕をして根の発育を助ける必要があり忙しくなります。

映画「県庁おもてなし課」をみました。

17日の病院での検査では順調に回復しているとの診断報告を受けました。
そこで映画を見て帰ることにしました。 「県庁おもてなし課」をみました。
行政は街づくりや観光行政のもとに箱モノを作りますが高知県では自然を守る
事が 農業にとっても観光にとっても原点だとの考えかたがあります。この考えが基本となって「県庁おもてなし課 」の映画化となったのです。
高知県は四国山脈とクジラの泳ぐ池にかこまれ 人の交流は遮断されています。
そんな地形では箱もの観光は期待できません。
だったら美しい手つかずの自然を守ることが観光の原点ではないかと
気が付いたのです。
 
   映画の舞台にもなった高知の山間部には自然が残されています。
残されたのではなく昔からの自然の中で今も人々は生活しているのです。
この森の奥の集落ではソバが植えられていました。
昨年は不作だったと 村人は話してくれました。
けっして観光のために残されている自然ではありません。
そこで生活している人たちが自然との共存の中で守り守られてきた結果なのです。
便利を追及する時代から取り残された集落とは言はないでください。
文明が「失ってはならない」何かを語りかけているいるように感じますから
          ---------------------
写真は「県庁おもてなし課」の舞台にもなった高知の山郷
 (高知県吾川郡仁淀川町名野川にて)

4月24日

桜の季節はアット言う間に過ぎ去り 新緑の美しい山々では小鳥の巣作りが始まりました。
連休もそこまで迫ってきていますが、僕たちには連休の季節が一番忙しくなります。
だって生姜の植え付けが始まっているからです。
この時期意地悪なことに雨が多くて 作業を中断しなくてはなりません。
稲作には恵みの雨でも生姜のい植え付けには迷惑千万な季節で恵みの雨に泣かされています。

四万十川が、にぎやかになりました

   本格的な初夏の訪れを待っていたかのように川辺には釣りを楽しむ
人でにぎやかになりました。
と言っても養殖のアメゴを放流して 釣りを楽しんで:います。
上流の自然林を伐採して人工林になりましたので、アメゴも養殖物が
主流となりました。

自然林を伐採して植林しましたが今は二束三文 となりました。現金収入のない山村住民は補助金に飛びつき天然林を伐採して植林を進めました。。
あれから60年伐採しようと思えども外材が主役となり、一銭の収入にもなりません。
でも神様は見捨てませんでした。
山に入ることができないように山の神は
山村の住民には神経痛の報酬を与えてくれたのです。
   
3月30日
2月28日に半年ぶりに病院から釈放されてからはや一か月が経過しました。
まだリハビリ中ですので、仕事の指示をするくらいの事しかできませんが、みなさんの協力で生姜の植え付けができますことを感謝しています。
生姜は春に植え付け10月から11月に収穫します。
収穫後貯蔵して十分完熟させ翌年の春から出荷が始まります。
したがって植えつけてから収入になるまで一年かかります。
そのころ迄には仕事ができるようになりたいと思ってリハビリに頑張りたいと思っています。
四万十川財団の組織が変更されました。

四万十川の環境保全活動を進めている「四万十川財団」は県主導の取り組みから流域住民主体の組織に改革されることになりました。
県職員が務めていた事務局長は民間から選ぶことにな、り神田修さんが採用され新規一転して取り組んでゆくことになりました。
神田氏は長野県出身で斬新な発想での活躍が期待されています。
四万十川を訪れた時はぜひお立ち寄りくださり,見分を広めていただければ、また違った四万十の姿が見えてくるかもしれません。トップぺ-ジ からリンクできます

 
2月28日

ようやく退院しました


退院してみますと、いつしか季節は春を迎え桃や梅の小枝では小鳥たちの恋が始まっていました。
ミツバチは忙しく花粉を運ぶようになりました。。
一方小生は退院しましても自宅軟禁の状態で生姜の畑つくりは孫たちに任せて、まずは現場監督に徹する春を迎えました。
と申しますのも まだ主治医の先生から仕事の許可が出ていないからです。
充電期間を与えられたと思っています。.

生姜の効果について

入院中は本を読むことで時間を過ごしました。
ある有名な登山家の本に巡り合いましたが、ヒマラヤ等の極限の世界では体力の保持が重要でいろいろと食品を試したそうです。
そこで得た結論は生姜が一番効果があると言うことだったそうです。

別に8000メ-トル級の世界だけの話ではなく、日ごろから生姜を愛用することが健康管理に大切だと教えられたように思いました。
主治医は「どうして回復力が驚異的なのか」不思議に思っていたようですが、もしかして生姜の効果かもしれないと思ったことでした。
春も深まり花粉に泣かされる季節となりました。
生姜に画期的な効果を期待することは無理かもしれませんが、花粉症に悩んでいる方に少しでもお役にたつ効果を願っています。
1月1日

あけましておめでとうございます。
昨年は生姜収穫直前に事故により入院していまして、最悪の事態となり 失礼していました。
やっと 2月下旬には退院できそうです。 今年は 直接農作業はできないかも知れませんが、後継者として育てている孫にたいして、僕の経験を通じた指導をしてゆきたいと思っています
孫との共同作業を通じて後継者を育て バトンを渡してゆきたいと思っています。
よろしくご指導をお願いします。


医学の限界と生命力


僕の不注意による事故のために緊急入院、絶望の谷間から一命を取り止めることができました。
手術を成功させてくださった病院関係者に心から感謝いたします。
手術した医師も脅威的な回復力にびっくりしていました。
よほどのことがない限り薬や病院にはゆかず、無農薬で栽培した野菜と米を中心にした食生活の結果ではないかと自負しています。
つまり、薬と病院には無縁な生活を目標にしてきた食生活が いざと言う時役に立ち回復効果が発揮されたのかもしれません。

自分で納得できる農産物を生産する農業のありがたさをしみじみ感じました。
農家の食べている農産物を消費者にお届けすることを目標にしてきた取り組みの大切さを再認識させられた思いがしています。

10月3日
                                                                                        

台風のご心配をおかけしました。

台風は洋上を通過しましたので大したことはありませんでした。
収穫前の稲も少し傾きましたが豊作で来週には刈り取りたいと思っています。
田植えから今日まで水管理だけで足を踏み込んでいませんのに黄金の稲穂が頭を下げてきました。
雨が適当に降る日本は昔から米を主食にしてきました。歴史の深さを感じています。
生姜は写真のように収穫を待つだけとなりました。
11月には消費者の方による収穫も予定しています。
8月には雨ばかりの天気が続きましたが、生姜と稲は雨を好みますので豊作となりました。
 

四万十の秋をトロッコ列車で楽しむと「四万十イラストマップがもらえます」

11月末まで土曜 日曜 祝日に十川~土佐大正~江川崎まで乗車できます。
観光マップは列車内で配布されます。
沿線の四万十流域の魅力をこのマップを見ながら楽しむことができます。
問い合わせはJR四国広報室 087-825-1626迄

9月14日

雨に泣かされています。

毎日毎日雨の天気が続いています。
8月から9月14日までからりとした晴天は記憶にない程 毎日必ず一度は雨が降ります。
水田は水管理の必要はなく たまに畔草を刈る程度の管理でしたが豊作の秋を迎えようとしています。
早く植えた農家は収穫期を迎えていますが、連日の雨で作業が進まず空を見上げてはため息をついています。

生姜は雨が降ればどんどん成長しますが、今度晴天が続くようになれば反動で病気が発生しますので気が気ではありません。
アフリカの砂漠をみて、つくづく雨のありがたさを感じましたが、こうも雨が続きますとありがたさを通り越して晴天を待つ毎日が続いています。
地球の温暖化でますます雨の影響を受けることになるそうですが 四万十川のあゆも増水による水温低下で上流まで遡上してきません。
秋になれば下流えの旅に出かけますので上流のあゆは今年は期待できそうにありません。・

 コウモリさんの訪問を受けました。

我が家の倉庫ではコウモリさんの訪問を受けました。
昆虫の住処に侵入してごちそうにありつこうとしたのでしょうか。

生姜の貯蔵庫の地下トンネルにはコウモリが住み着いていましたが、入り口を
サッシでしめて生姜を貯蔵していますので最近は出入りが出来なくなってしまいました。
コウモリに申し訳なく思っていましたがこれで一安心できました。
 

9月1日

8月は毎日のように雨が降りました。 9月に入り秋の気配を感じるようになりましたのでやっと晴天が続きそうです。
奥四万十はテレビの天気予報などあてにはなりません。仕事に出かけるときは 弁当忘れても合羽忘れな
合言葉にしています。
テレビも心得たもので 「今日は晴れたり曇ったり、所により雨が降ることがあります」と放送しています。
だから大体天気予報はあたります。

イノシシに生姜畑を荒らされました。

  生姜も急激に成長してきましたが、待ってましたとばかりにイノシシが出没するようになりました
一夜にして掘り起し夜明け前には山に帰ります。
人間は明るくならないと畑には出かけませんがイノシシは夜行性なので夜に行動します。
掘り起こしても生姜は食べません。 人間に残してくれています。
どうして掘り起こすのか御解りになりますか。
実は生姜を目的に掘り起こしているのではありません。
有機質肥料により土壌が肥沃していますのでミミズが繁殖しています。
このミミズがイノシシの好物と言うわけです。
有機農業って簡単に言いますが難しい問題が次々と発生してきます。
たかがイノシシ一匹にも勝てないのが人間なんです。 

8月17日


毎日のように時々雨が降り、おまけにゴロゴロなったり
して 生姜の草引きもままならない日々が続いています。
今日は 久しぶりの晴天となり草削りに出かけようと思っています。
高校野球が終われば奥四万十の里は秋風に変わります。

稲も幼穂形成期にはいり収穫の秋の準備に入りました。

お盆休みを利用して宅配ドライバ-の訪問を受けました。

生姜の縁で宅配ドライバ-の家族がお盆休みを利用して訪れました。
四万十川でカヌ-を楽しんだり泳いだり大満足してつかの間の休暇を楽しんでいます。
生姜の地下室を案内したら「 防空壕を利用していますか」と尋ねられました。
これは僕一人で生姜の貯蔵庫として掘り進んだ地下壕だと説明したら驚いていました。
生姜はこの地下から地上に出てきて大阪まで旅に出て僕らがご家庭まで届けるんですね。ウ-ン

奥四万十はB29の飛行コ-スだったかも
奥四万十には防空壕は必要ありませんでした。  B29もこんな山奥には用はないと爆弾は落としませんでしたから
瀬戸内方面を爆撃して土佐沖の母艦に帰るのか四万十川沿いに上空を三機編隊でB29が通過する程度でした。
でもたまには余っている?爆弾を落として通過してゆきました。
「日本は負ける」と子供心に感じて、どこまで焼き尽くされなければ目が覚めないだろうかと考えたことでした。

今考えると上空を飛んだ飛行機に、もしかしたら広島に原爆を投下した飛行機も含まれていたのではないかと思うことがあります

恐ろしいのは戦争を知らない子供たちが政治を動かす時代になり、頭で知ってるつもりの子供たちの時代に入ってることだと思うこの頃です。
紛争国で核を使う危険はそこまで迫ってきています.平和利用の名のもとに建設されてゆく原発は核を拡散し,再利用のもとにひそかに核兵器としての開発が進みゲリラの兵器となる時代に入りました。
 
8月10日

早いもので8月も中旬に入りました。
高知ではよさこい祭りが始まり 割れるような音響を響かせながら踊りの競演が始まりました。
東北から復興の願いを込めて「六陸~RIKU~」チ-ムが参加して 祭りを盛り上げています。
奥四万十は毎日 毎日スコ-ルの連続で真夏の太陽がサンサンと輝くことは無く夏もすぎさろうとしています。
裏山の栗も日ごとに大きくなりイノシシが収穫の秋を待っています。

作り出される原発の必要性


原発のない生活は不可能だろうか。
原発の発電コストが他のエネルギ-に依存するより安く国民に供給できるという
政府の説明に間違いなければ、なんで国家予算を何千億もつぎ込んで電力会社の経営援助の必要があるのか。いやいや国が負担する事故処理や解体までの経費は何十兆円必要になるのか誰にも予想できない負担をこれから私たちが孫たちが背負ってゆくことになりました。
そんなことを考えながら生姜畑で作業をしていたら 、真昼間に太陽と競争して四万十川を照らしている街灯に気が付きました。

原発事故で電力不足になると躍起になって節電を呼びかけていますのに四国電力では昼間も
街灯をともさなければ電気の消費は伸びない経営上の悩みがあるのでしょうか。
原発の必要性を訴えるための演出として電力不足を叫び片方では昼間も街灯をともして電力
の消費拡大に血なまぐさい努力を重ねています。
電力会社の車もお役人の車も見てみないふりして通りすぎてゆきます。
この世の中どっか間違っていると感じるのは生姜畑のひとり言にすぎないのでしょうか。
 



7月30日

炎天下の生姜作業


長い梅雨のトンネルを抜けたら 今度は火あぶりにあっているような炎天となりました。
しかし熱中症の危険があろうと、30数度の高温にさらされようと生姜作業を休むことはできません。
なぜなら生姜に敷き草を入れなければ生姜が熱中症で倒れるからです。

人間と生姜との待ったなしの勝負となりました。
エアコンのない生活で鍛えている体は30度の温度には慣れていますので作業ができるのかもしれません。
四国の軽井沢 奥四万十の生活にはエアコンも無用の長物で朝の空気のサワヤカナこと 生きている事の素晴らしさを実感できますね。

自然愛好会の活動に感動しました
生姜畑にゆく途中四万十川の美化に取り組む自然愛好会の作業出発前の光景に出合いました。
自然愛好会は川にゴミが流入しないように沿道の空き缶やごみ拾いのボランチヤを続けています。
捨てる人あり、拾う人あり、人さまざまですが、最近はめっきり空き缶を捨てる人もゴミを捨てる人も少なくなりました。
先般 本家軽井沢 に行って感心したことは空き缶などが捨てられている光景を見ることがなかった事でした。
奥四万十の軽井沢も負けてたまるか。改めて自然愛好会の活動の意義を再認識したことでした。
                   ( 自然愛好会 代表者田上庄吉 ℡0889-57-2474)
 




7月14日

生姜の生育と長雨

生姜は長雨でぐんぐん伸びてきました。
ところが喜んでばかりではいられません。
人間と同じで今度は急に炎天下の太陽にさらされることになります。
人間は帽子をかぶり日よけをしますが、生姜用の帽子はありません。
そこで急きょ敷き草をいれて暑さ対策をすることになります。
上の写真は敷き草を入れている7月の生姜です。
あとは日射病にならないことを祈るのみです。

台風お見舞い申し上げます。


梅雨の末期には大雨の危険がありますが今年は九州に被害が集中していて大変なことになりました。
小さな日本列島は解決のシナリオもないままの原発被害 想像を絶する大雨の被害 国民一人が800万を超す借金 
これからの日本はどうなってゆくのでしょうか。 
解決の道を示すことを忘れて暴走する永田町  これからの若者がかわいそうになりました

6月1日

田植えがはじまりました。

今年はより安全なコメを求めて奥四万十米の注文が増えてきています。
でも今はご期待いただいても秋までお待ちいただかなくてはご期待に応えられません。
もしも 仮にもしも、原発事故の影響で注文が増えてきているとしたら何と悲しいことでしょう。
ほんのこの間までは日本ではどこでも安全な農産物が生産できる自然豊かな国だったと思います。
そう考えると生産者の心理には複雑なものがあります。

「風が吹けば桶屋が儲かる」そんな心理にはとてもなれません。
でもこんなコトワザが理解できない世代が増えてきていますよね。
農産物の注文が増えたとしても素直に喜べない「農民の悲しみ」を理解できる人に食べてほしいと願いながら田植えを始めました。

国債の上にアグラをかき 子や孫たちに借金を残し、飽食を満喫し トイレのない日本と言うマンションに暮らす原発日本の明日に「どんな夢を描けばいいのか」 答えを見いだせないままに「実りの秋を信じて種をまく無学な農民」 それが今の僕の姿なのです。


 マルチを外すと早速中耕作業に取り掛かりました。
生姜の芽が出てきだしましたのでマルチを外し早速中耕することにしました
まだ芽が出始めたばかりですが、長雨で土が固まっていますので、中耕により根の発育を助け、生育を促進する手助けをしています。
後方は四万十川です。
奥四万十の流れを背に作業していますと気持ち良い風が吹き抜けてゆきました
 

5月15日

奥四万十の里は新緑の季節を迎えました。

5月の連休は民族の大移動の季節でもあり、四万十源流を目指す若者のオ-トバイが駆け抜けてゆく季節でもあります。
生姜の植え付け、茶摘み、田植えの準備 農家にとっては忙しい季節なのです。

九州に行ってきました

5月の連休も一段落すると次は僕たち農家もつかの間の時間差連休に入ります。
そこで人並みに連休をとったつもりで九州を一周してきました。
新緑が鮮やかで びっくりしました。
「日本は樹種が多いので新緑が美しいワ」 以前我が家を訪れた国際線乗務員の言葉をあらためて実感しました。

知覧特攻平和会館にも立ち寄りました


時代は流れ 戦争を知らない世代が 政権争奪戦を展開する時代に入りましたが,知覧では日本人の心が失はれていないことを感じました。
会場のあちこちですすり泣く 光景に直面しました。
十代の優秀な若者が 自分の意思ではなくして自ら出撃せざるを得なかった悲劇に対する悲しみの涙だと思いました。
知覧で流す涙は二度と誤りは繰り返さないことを特攻隊員のまえで誓う涙だと思いました。
戦争を知らない世代にも受け継がれてゆく日本人の涙を政権争奪戦の国会兵士に理解していただきたいと思うのは間違いでしょうか。

3月5日

早くも3月 生姜畑の準備が始まりましたが
雨が続き 休戦状態となりました。
荒地を耕した畑の石拾いをすることにしました。
休耕している畑があるのになんで石の多い荒地を耕すのか
物好きと笑われても荒地がかわいそうでついつい石を拾って
整地したくなります。
こんなに大きい石と格闘しています。
 

農産物を使った豪快な皿鉢祭りが開催されました。

高知市では商店街の歩行者天国を舞台に
高知の食文化の集大成として土佐料理が展示されていました。人参やダイコンスイカなどをつかって調理していました。
「もったいなくて食べる:気にはなれないだろう」と思いました。
   
   
写真は土佐沖の魚と土佐の農産物と菓子材料で作った料理です。こんな料理の前で芸者遊びをしている光景を想像することは自由です。

2月20日

南国高知も春に向かう前の「別れ寒」となり寒さがつづきました。
外での生姜畑作業は休むこととしました。
テレビでは,豪雪対策が報道されていますが豪雪地帯の人たちは雪と「どんな方法で共存しているか」興味が湧いてきまして、ついに18日朝高知を出発金沢迄出かけてきました

18日夜 金沢の親切な人たちに助けられました。

宿泊したホテルの紹介でサウナを利用するために別のホテルに出かけました。
すぐ近くとのことで出かけましたが道路はアイスバーンさすがに道行人たちもそろそろ歩きで子供の歩行練習を見ているようでした。
どこを見ても真っ白い道でサッパリ目的のホテルの方角がわからなくなりました。
行き交う人はまばらで道案内を聞く機会を探しましたが、ご迷惑になりそうでためらっていました。

買い物帰りの御婦人と青年に助けれれました

やっと勇気をだしてコンビニの前で買い物袋を手にした御婦人にお聞きしました。
ところ説明しても解り難いでしょうからとわざわざ「ホテル前まで」ご案内してくださいました。せめてもの 気持ちとしてホテルでお茶を差し上げることになり、高知の冬との違いなどを話しながら貴重な 夕闇迫る時間をお付き合い頂きました。ありがとうございました。

「行きはよいよい帰りは怖い」で、実はまたまた帰りの道順がわからなくなり迷ってしまいました。
雪の夜の景色はどこがどこやら,南国高知の人間には想像つきませんでした。
またもコンビニの前で見かけた青年にホテルの場所を尋ねることになりました。
青年は早速携帯で場所を確認くださりわざわざ目的のホテル前迄案内くださいました。
何か感謝の気持ちをと思いましたが、青年は手を振って雪の夜道に消えてゆきました。

観光の原点を教えられました。

観光事業とはお役所が予算を組だ額に比例する事業ではなく,旅行者にさりげない「親切と感動を与える愛」こそ最高の観光だと感じました。
どうもありがとうございました。

2月10日

二月は逃げると言はれていますが、早くも新年から40日も経過してしまいました。
今年は大雪のニュースが伝えられていますが、奥四万十の里には春を告げる梅の開花が見られるようになりました。
今年は四国の島には小鳥の姿が見えませんし鳴き声を聞くこともなく不気味な気がしています.
生姜の敷き草には輸入品が使われていますがTPP反対の立場から有機栽培の自家製の稲藁を使いたいと決意今は集めては束ねています。
 

四万十屋形舟で挙式を上げませんか。

4月10日 四万十の日の記念行事として屋形舟船上挙式が行われることなり、挙式費用4万10円で参加カップル3組み募集しています。
また金婚記念カップルも募集しています。
肖像権を主張しないで観光客にも撮影をオープンにして差支え無い方に限るようです。
桜の満開の季節ですので観光も兼ねて参加してみてはどうでしょうか。
3月9日締切で申し込みは〒 787-0025  四万十市一条通3の4の11「花嫁衣装おぐらない 四万十D&H」 まで   
FAXの場合は0880-34-7197に申し込んで下さいませ。 僕の場合は参加資格がなく残念に思っています。

1月12日

寒い日々が続いていますが自然は確実に春に近づいいるのか、生姜畑を耕していたらカエルが出てきました。
どんどん日照時間が長くなりました。例年なら 暖かい日は小鳥の鳴き声が聞こえる時期ですが、どうしてた事か姿すら見かけません。
「どうして小鳥が姿を見せないのか」理由は小鳥に聞かなければわかりませんが全県下的な現象のようです。
放射能を避けて小鳥もどっか安住の地を求めて旅だったのでしょうか。
「家を背負って生活する人間のなんと不便なことか」 小鳥たちが急に羨ましくなりました。

今日は四万十財団の発行している清流通「四万十川物語」 の取材を受けました

清流通信の美人記者と案内役の中土佐町の課長さんによる取材訪問を受けました。
[たいした事はしていない僕」にも、解りやすく「四万十財団」の目指す目的などを説明くださり意気投合話に花が咲き有意義な勉強をさせて頂きました。
お二人からは四万十を愛する基本姿勢について教えられました。
「森を育てることの大切さ」、「,土を愛する姿勢」の大切さを教えられました。
清流保全のために「四万十財団」は自然保護に取り組む活動をしている事をあらためて認識させて頂きました


2012年元旦

暖冬の気候も新年を迎え雪がちらつくようになりました。
ほんの最近までは正月の行事が続いてきましたが、過疎がすすみ若者が伝統の継続には関心がなく年年廃れてきました。
しめ縄を作れる若者はいません。
人間社会は自動車と共に進化してきました。
しかし便利な自動車を利用して正月行事よりもスキーに出かけるようになり、結果として伝統は廃れてゆくようになりました。

電気は生活を便利にしてきました。
しかし一方で原発事故に怯え、放射能の恐怖にさらされることとなりました。
人類は便利さと引き換えにとんでもない荷物を背負うことになりました。
もっと正月ぐらい明るい話はないのかお叱りを受けそうですので酒でも飲んで気を晴らすこととします。

                    
2011年
12月10日


生姜の収穫も終わり、奥四万十の里にも寒い冬の到来を告げる北風吹くようになりました。
今まではあまりにも暖かく「吊るし柿」が腐ってしまいました。
北風が吹かないと吊るし柿には、カビが生えるしハエの餌になり、やっぱり冬は寒くなければダメですね。

来年の事言ったら鬼が笑うそうですが、来年の生姜植え付けのために
早くも天地返しを行い、有機質を投入して土作りに入りました。
冬は寒くなければ虫たちは有機肥料で暖房しながら越冬しますので
頭の痛いところです。
 
 
TPPで農業は潰される

経団連の米倉会長は高知市で開かれた経済懇談会後の記者会見で農産物の輸入による食料確保のためにTPPは必要だと力説したと報じられました。
中国やインドが経済発展して輸入食料を増したら、食料の争奪戦に日本は負ける。
生産性の低い日本の農業には「日本人の胃袋を満たす力は無い」よって工業発展して食糧争奪戦に勝つ力を付けるべきだそうです。
日本の農業も国際競争力を付ける必要があり農地法を改正して企業の資本を投じて大規模化するべきだと考えているようです。
TPPはそのために加入すべきだと経団連は考えているようです。

過疎の村は潰される

奥四万十の村では1町歩以下の面積の耕作農民が90%を占めています。
仮にTPP加入後に目指す日本農業の生産規模20町歩に拡大すためには19戸の農家が離農する必要があります。
つまり過疎の村の人口は、さらに20分の1に減少することになります。農地を資本の手に渡した農民は仕事のない村を離れ出稼ぎに道を求めることになりましょう。
限界集落の村は好むと好まざるとにかかわらず崩壊してゆくことになりまよう。
工業の国際競争力を付ける名目で日本の農村を解体して果たして未来はあるのか。僕は疑問に思いつつ来春の植え付け準備に入っています。
経団連の野望に「まけてたまるか」.ドッコイ生き抜いて見せるぜ そんなやせ我慢を叫びながら~~~(´;ω;`)


11月15日

生姜の収穫終わりました

奥四万十の山々の紅葉が美しく清流に映るようになり、生姜の収穫も終わりました。
皆さんの応援のお蔭様で霜の被害前に収穫を終わることができました。
改めて人のありがたさをかみしめています。
昨日は宅配ドライバーの奥さんも駆けつけて手伝ってくださいました。感謝するやら、ありがたいやらで今年も消費者にお届けできそうです。

消費者との交流会に参加

収穫が終わると早速消費者団体からフレ愛交流会の案内を頂き20日より出かけることになりました。
反原発 反農薬の運動の広がりにお役に立てればとの願いを胸に参加させて頂きたいと思います。

11月5日


TPP交渉参加は決定的

自民党が口に出したくとも口にできなかったことをポンポン行動してゆく民主党政権、消費税10%も実現する運びとなってきました
民主の構成員のなかには、消費税反対の兵士もたくさんいますのにどこに隠れているのでしょうか。
消費税反対を戦った国民は置いてきぼりにされてしまいました。

その上に今度はTPP参加で国内農家は壊滅的な被害者になろうとしています。
工業立国を目指す我が国には生産性の低い農業は足でまといとなりました。
人口は爆発的に増えてきていますが、食糧供給の保証はなく飢餓人口の増加につながってゆきそうで心配になりました。
富めるものだけが胃袋を満たす社会に平和の保証があるでしょうか

TPPを考える高知集会開かれる

高知県尾崎知事が「TTP反対」の姿勢を示すなか 鈴木東大教授の基調講演が開かれ、1000人の参加者による「交渉参加に反対する特別決議」を採択しました。
アメリカは「大災害に苦しむ日本に交渉参加を求めることは厳しい要求だろう」との理解を示しているのに何故今日本は参加に向けて暴走するのだろうか。
今回の災害は想定外の出来事でその以前から情報を伏せて水面下で一気に交渉参加になだれ込む計画を変更する姿勢は見られません
原発事故でもやらせや情報の隠蔽があったように情報操作が行われ、単に農業問題だけがネックのような捉え方をして与論操作を行おうとしている政府の姿勢に恐れを感じています。

放牧民が羊を誘導して册に追い込んでゆくように 好むと好まざるとにかかわらず国民を、TTPの枠の中に閉じ込めようとしているのでしょうか。。

10月7日

10月に入り朝夕寒さを感じるようになりました。
高知馬路村で行はれたたフルマラソンに参加していた大阪の宅配ドライバー
仲間が 今度は生姜の収穫を体験したいと我が家の畑に飛び込んできました。生姜を配送して下さるドライバーが荷主の収穫体験をして「生産者の思いも消費者に届けたい」 そんな気持ちからの訪問だとのこと。
人と人 物と物が意外な形で結ばれていることに感動した一日でした.
「あいたくて都市生活」に参加してなくてごめんください
消費者の方から今年も「あいたくて」に参加するのかお問い合わせがありましたが、参加できませんでしたことお詫びします。来年はご縁がありますようにいのっています。あいたいで~す

 


9月11日

9月も早中旬に入りました。生姜は毎日降る雨に大喜びで
成長しています。
10月15日頃より収穫に入る予定です。
奥四万十は放射能の心配はないと思っていますが、
地球規模での拡散が心配になりました。
 
鉢呂経産相発言と総理の責任

生姜はスクスクと育っていますのに日本の政治は幼児期から脱皮できないようです。
選んだ国民にもその責任はあるとは言え、憤慨やるかたなき心情を抑えることができません。

登校拒否の子供になんと説明したら良いのか

奥四万十に福島から避難していた一家が、内部被爆の不安を抱えなが近県の避難先を求めて旅たちましたが、奥四万十の人々の暖かい心が忘れられず再度訪れてくれました。
避難先の学校で「放射能をうつすな」と落書きされ、とうとう1学期登校出来なくなったしまったと泣いていました。
教師の指導範囲を超えた落書きだと思いましたが、経産相までが「放射能をうつす」と発言されたことで登校拒否になって苦しんでいる子供えの影響を考えると悲しくなりました。
「やらせ」発言あり、放射能の危険基準を上げて作業員の労働時間を延長、そのうえに住民の帰宅時期を早めようとしています。
国会の先生が「死の町」と表現した町に住民に「帰れ」と言うのか。

避難先の学校で「放射能をうつすな」と机に書かれ登校拒否になっている子供に政府の責任で答えて欲しいと思います。

奥四万十の里で待っています

 学校のすぐ近くで村の中心地にある一戸建て住宅です。
近くには病院 役場 老人ホーム 隣にはコンビニや学習塾もあります。
裏山の森の中に学校があり高速道路中土佐インターまで30分で行けます。
仕事は村内の企業で採用してくれると思います。

小 中学生のいるご家庭で奥四万十の静かな環境で・学ばせたいと希望するご家族に限らせて
いただきます。周囲に心配なくピアノも練習できます.ピアノハ無料でお貸し出来ます。
 

9月5日

台風12災害お見舞い申し上げます。

台風12号は紀伊半島に大きな災害をもたらしました。お見舞い申し上げます。
高知もきっと大きな被害を受けているかも? と心配された方々からお電話を頂きました。
「生姜は大丈夫か」と心配して下さるお電話はありがたいですが、紀州の災害を思うとき心が痛みます。
四万十沿線は雨も少なく風扇風機の弱の程度でした。


8月20日

先般BSジャパンで放映されたドライヴAGO GOの制作会社からDVDが送られてきました。
多数複製しているため多少画質が落ちているとのことでした。
DVDご希望の場合は 0353659711に電話してくだされば対応してくださると思います。
視聴者からのお電話から「四万十川はやはり皆さんに愛されているのだ」と実感しました。

8月12日

生姜畑の雑草は我がもの顔で遠慮なく勢力を伸ばしてきました。
かくなる上は一本一本手で雑草を引く以外に方法はなく炎天下で、格闘する羽目になりました。
盆が来ようと、鳴子踊りが始まろうと、熱中症で倒れるニュースを聴こうがただひたすら草引きに明け暮れる羽目になりました。
生姜の葉っぱで休んでいる、トンボが羨ましくなりました。

我が村を離れた福島の被災者

奥四万十の里に滞在していた被災者一家がひとまず福島に帰りたい一心で村を出てゆきました。
子供に蓄積されてゆく内部被爆に怯えながらそれでも福島に帰る以外に安住の地はないのでしょうか。
避難区域外として補償の対象とならないかもしれない不安と、農産物が売れる保証はなく、収入の道を立たれた挫折感 登校拒否にまでなった子供の現実
何一つ解決のめどもないままに村を去ってゆきました。
「村の学校は先生も生徒も暖かく親切に迎えてくたさいました。子供も学校が楽しくなりました。.出来ればこんな素晴らしい環境で子供を学ばせたい。しかし子供を残して福島には帰れない。」 そんな言葉を残して村を去ってゆきました。

京都では送り火に使う福島の松の使用を中止しました。
セシウムが検出されたのです。
燃やしても失われない放射性セシウム、京都の人は中止で一件落着かもしれません。」
しかし福島の農産物の危険 蓄積されてゆく内部被爆の恐怖 一本の松を通じて京都から警告が発信されたのです。


8月2日

このところ毎日のようにスコールがあり、生姜はどんどん成長してきました。
生姜は暑い夏は水浴が大好きで,晴天が続くとわざわざポンプで水を飛ばしている農家もありますが、僕は自然にお任せしています。  だから午後のスコールはありがたいですね。

迷走する福島の農民

月刊誌からの原稿依頼を受け、締切の時間との格闘をしていたら、福島の方が一時避難に我が家にやってきました。
藁が汚染されていることは農産物も汚染されているはずで、子供たちにこれ以上「放射能を蓄積さすのが怖い」との親心から安住の地を探して流浪の旅を続けているとのこと。

放射能の子供が来た

ある避難地の学校では机に「放射能の子供」と言う意味の落書きをされていて、ショックをうけ登校拒否とり、「1学期は休学した」」とのこと。
「だったら四万十源流地域の学校に転校したらどうか」と言ったら「福島から遠すぎるとのこと」
原発事故の恐怖にさらされても尚「ふるさとを捨てきれない」現実
しかも「ワラさえも汚染されているのに農産物はなんで汚染されていないのか」 政府の対応に対する農民としての不安
しかも藁が汚染されているというのに避難地区の指定を受けられず、個人負担で避難地を探して流浪の旅を続けざるを得ない一家 
「一番の犠牲者は子供ではないか 」  今回の原発事故は金や時間の経過では解決のつかない問題を私たちに投げかけました。

安全の神話はヤラセでした

私たちの隣町に四国電力が計画した原発にはブルサーマル導入が計画されていました。四電が開いた原発関連のシンポジウムではヤラセで組織的な動員と発言を依頼 反対意見の封じ込めが行われました。
経済産業省は集会後ブルウサーマルは出席者の過半数が理解を示したと公表
こんなでたらめな見解を示している現実を信じられず、流浪の旅を続ける一家の責任は誰にあるというのか

今も電力には反省の言葉はないがあえて発言したい
「子供が一番大きな犠牲者になっているとーーーー」ω;`)
 


7
月25日

台風お見舞いありがとうございました。

台風6号は高知県内に大きな爪痕を残しました。
800ミリ以上の雨で四万十川は大洪水となり,僕の生姜畑の岸から手の届くところまで増水しました。
心配してお電話などくださった方々の声に励まされて、後片付けに汗を流しています。
写真は栗の木が倒れて生姜畑に飛んできて着地、した光景で~す。
風の被害で倒れかけている生姜は必死で起き上がろうとしています。

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7月13日

テレビ取材班の訪問を受けました。

生姜の草引きから帰ってみるとテレビ撮影の一行が待っていました。
何でも四万十川下流から上流の生活風景を俳優さんを進行役にして撮影しているとのこと。
我が家の撮影目的は「生姜の貯蔵に電気を使わずに」地下に貯蔵していることが評価されたようです。
地下室では女優さんは頭は打ちませんでしたが、男優さんは天井で頭を打ってイタッーと叫んでいました。

農業も「栽培から収穫、さらには貯蔵にまで」あまりにも電気に頼りすぎている現実えの「反省のきっかけ」になればと思いました。

関東を中心に放映されるそうですので四万十で生産されている生姜を利用してくださっている消費者に見ていただければ幸いです

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 地下貯蔵庫前での撮影風景です。
右後方のアルミの扉が生姜貯蔵庫の入口です。
隣町窪川に原発が計画された時、原発に反対の思いを込めて掘った地下室です。
「生姜の貯蔵に適した15°の温度に年間を通じて保たれている」と説明したら驚いていました。
火山のない四国では地下の温度は15°程度の平均温度で保たれているのです。

息子たちと我が家を出てゆく女優さんたち。
(*^^)v
 サインをする彼女に「いつまでも四万十
を忘れないでほしい」ことを願いながら瞬間の出会いと別れの時間は消えてゆきました。。

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7月10日

梅雨の合間を利用して北海道に行ってきました。

北海道に行く方のヘルパーも兼ねての旅でした。
畜産農家では牛肉をご馳走になりました。
遠慮していたら「竜巻で畜舎が被害を受けた時お世話になった方に贈るために牛を3頭処分した時の肉ですから遠慮はしないで」
とのこと。
「いったい何頭飼っていますか」とお聞きしたら「正確には把握していないが400頭ぐらいだと思う」とのこと。
規模の大きさに感心すると共に、小さい畑で,しかも炎天下での作業の続く生姜つくりが惨めになってきました。

斜里町を訪ねました

斜里町の彫刻家siyou takumi先生の工房を訪ねました。
軽自動車で泊まり 1日100円の食事代で生活 仏字彫刻をしながら
北海道から沖縄まで旅をつづけられたそうです。
高知の日曜市では仏像彫刻家大崎トヨさんの彫刻に感動
その時の写真と仏像を大切にされていました。
 

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6月15日

さつきの花が咲くようになり生姜の芽が出てきました。
除草~中耕~敷草いれ と忙しくなりました。
雨がふる度に放射能汚染にビクビクしながら農作業に明け暮れています
奥四万十が汚染されるようなら日本には安全な農産物はなくなると思い恐ろしくなりました。

エコファーマーの認定を知事より頂きました。

放射能汚染を前に「エコだ有機だ」と言ってみてもナンセンスな話かもしれませんが、消費者の(^0_0^)を思うとき、「一農民として何ができるかを考える原点に立つ」ことが大切だと僕は思います。

5月30日には「生姜による持続性の高い農業生産方式の導入計画認定」を 尾崎正直高知県知事より頂きました。
わかりやすく言えば高知県のエコ農産物の認定 (生姜)を受けたということです。
これからは「エコファーマーとして活躍する若い後継者」を育成してゆく責任を感じています。
 

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5月10日
生姜作業畑の昼休みにラジオ放送で福島原発の事故について繰り返し放送されていました。
消えることのない放射能汚染 一度事故が起きたら汚染は地球規模で広がってゆくのです。
「最も安い電力は原発だ」.と公約して推進してきた自民党は菅総理の対応に責任があると言いますが 自民党ならどんな解決策があるのか示してほしいと思います。
僕にはに日本沈没を告げる神々の叫びが聞こえるような気がしてなりません。
生姜作りの百姓で何の知識もありませんが、私は原発の事故について昭和60年代に警告していました。
しかしその時は圧倒的な世論にかき消されてしまいました。
そこで僕は「必ず事故は起きる」ことを予言して「四万十源流の村からの報告」と言う
本にまとめて昭和62年と平成7年に出版しました。

いま改めてこの本が読まれるようになりました。
そこでご希望の方にお分けしたいと思います. ご希望の方はFAX 0889ー57-2457 西村までご連絡下さいませ。

4
月29

3月から原爆避難のために我が家に滞在していた一家が、解決のあてもないままに村をさることとなり、村の子供たちや先生に見送られて次の避難先を求めて流浪の旅にでました。
「子供を放射能から守りたい」その一心で避難区域圏外でありながら福島を後に四万十まで逃れてきたのです。
生姜の植え付けを手伝ってくれていましたがやはり「福島の近くでもとの生活の出来る日を待ちたい」気持ちをどうすることもできなかったようです

福島では無農薬野菜を消費者に届けていたが、今は野菜も作れず消費者は離散してもとの生活を取り戻すあてもない現実
失望の影を残したまま村を去ってゆきました。
ぼくには家と仕事を提供することは出来ても、希望を与える知恵も能力もありませんでした。

村の学校で芽生えた友人との別れは辛いものでした。
時は容赦なく流れ、あっと言うまの出会いと別れでした。
地震は天災で復興の希望があります。でも原発事故は人災で 解決のめどのない宿題を突きつけられました.

子供たちが、現実の厳しさを認識するようになったときが怖いような気がしました。
電気の恩恵と引き換えに大人たちは子ども達に大きな宿題を残すこととなりました。 

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植え付けのおわった生姜畑の今の姿です。
芽が出る6月頃には、切れ目をいれて芽を高温障害から守ります

黒いマルチは除草の目的で秋の収穫までそのままにします。

3月16日

原発事故に世界中が震え上がっています。
日本が歩んできた工業化社会政策が音をたてて崩れ、再建の道は閉ざされ 出口なき暗黒のトンエルを進む時代に入ろうとしています。

一枚の手紙が伝える真実

昨日東京の方から一枚のハガキが届きました。
東京のスパーやコンビニから食料品が消えた。
「米と野菜の救援をたのむ」と書かれていました。
「そんなバカな」と思っていたら、ニュースで真実だとわかりました。
宅配 ドライバーに聞いたところ一週間以上かかるとのことでした。
近代都市のもろさを知りました.。それでも物資は発送しました。

3月10日
生姜畑の整地作業から帰ってみると、居間のテーブルの上に一冊の本が置かれていました。
[
岩波新書から本を出版したので読んで欲しい]と書かれていました。
生活環境主義でいこう」と言う, 嘉田由紀子 語り/古谷桂信構成による新書には琵琶湖に恋した知事の思いが書かれていました。

少女時代の感動が人生を決めた。

1960年代半ばのある日琵琶湖南部を女子高校の一団が歩いていました。
関東からの修学旅行の団体です。
石山寺を見学しての帰り、バスに向かう道の途中で一人の女の子が立ち止まりました。
彼女の視線の先には、田んぼの間の小川で野菜を洗っている高齢の女性がみえました。

石垣の流れに囲まれた水の流れで、野菜を洗う、何の変哲も無い光景が彼女の心を動かしたのです。
「水がいっぱいある、なんて自然に溶け込んだ光景だろう。水路が暮らしに生きている」。
「こんなところに住んでみたいなあ」 (序文より抜粋)

そんな感動を受けた少女が後に知事として琵琶湖と関わることになったのです。
人生って筋書きのないドラマなんでしょうか。


2
月28日

明日から早くも3月 ウグイスの鳴き声が生姜畑にコダマするようになりました。
生姜畑の整地も急がなくてはなりません。
猫の手も借りたいところですが、最近はネコも少なくなりました。
ネコも自由にネズミをとることができなくなり、部屋に閉じ込められるようになりました。
人間の場合はよほどのことがない限り 閉じ込められることはありませんが、猫は罪もないのに人間のエゴで自由が奪われています。

心が痛むニュージーランド地震  

70時間が経過し限りなく希望が絶望に変わり心が痛みます。
ニュウージーランドで日本の登校拒否に悩む子供たちを引き受けて教育 日本の大学に送り出している宮下先生 生徒たちは大丈夫でしょうか。 通信が混乱していますので連絡はできませんが心配しています。

神戸では生協に出荷している生産物を被災地に直送、生協はその組織をあげて救援にたちあがりました。
「元気出せ神戸」 を合言葉に復興にたちあがりました。
日頃は隣りにどんな人は住んでいるかもしらない都市の住民を心の過疎地帯だと思っていましたが、人間はみんなどっかで心は結ばれていることを知りました。
だって みんな一丸となって被災者の救援に立ち上がったですもの。

人生は筋書きのない ドラマでしょうか

今回の地震では前途有望な子供たちが犠牲になりました。
人生って一寸先も読めないドラマなのだと思いました。
2月に僕はベトナムのハロン 湾で一泊しました。
それから帰国した直後ハロン湾に浮かぶ船が沈没しました。、

「明日も生きている」そう信じて今日も生きているに過ぎないのが人生でしょうか
                         

2月10日

寒い冬でしたが、ようやく春の足音が聞こえるようになりました。
二月はにげると言いますが、あっという間に3月になりますので、大急ぎでしょうが畑の整地に取り組んでいます。
同時に県農業改良普及所の指導を受け特別栽培生姜の管理計画と施肥設計に取り組んでいます。

ベトナムの旧正月と農業

 日本ではお正月の 伝統行事はすたれ門松も見かけなくなりました
でもベトナムは違っていました。
みんな旧正月の準備に忙しく、街中正月飾りの菊やキンカンの街路市で埋め尽くされていました。
キンカンは見事に実っていました。なんで?不思議になり聞いてみると中国からの農薬のおかげだとのこと、
だからベトナムの家庭では野菜は別に家庭菜園で栽培しているとのこと。
写真は農薬のおかげで見事咲いている菊とキンカンです。

  

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1月20日

奥四万十の里にも雪がつもり、天狗高原ではスキー教室も開かれ賑わっています。
一方スキーの季節は乾燥期で生姜畑の整地に忙しくなります。
3月になりますと雨が多くなり整地が大変になりますのでスキーどころではありません

農地集約と新規参入促進の恐怖

貿易自由化に備え「食と農林漁業の再生実現会議」が首相を議長にして開かれています。
表面的にみれば時期を得た取り組みのように見えます。
しかし日本の山間農家は消え去り、都市近郊農家は資本の手に渡ってしまう危機にさらされているように思えてなりません。
政府は農家を守ってきた農業委員会を改革して企業が参入しやすい組織に改革しようとしています。
その狙いは企業が農業生産法人に50%以上出資して農家の経営権をにぎれるようにする。
農家は単なる労働者として「企業の戦士として働く、」そんな青写真をえがこうとしています。
そのためには農家を守ることを使命としている農業委員会の解体、改革が必要になってきたのです。

県の有機農業認定の準備に入りました。

どんな方向に農政が改革されてゆこうとも支持してくれる消費者がいる限り農地を資本に渡して農業労働者になる気はさらさらありません。
そこでちっちゃな規模でもダイヤモンドのようにキラリト光る農民としてドッコイ生きてみせると決め込みました。そこで県の有機認定を受けることになり 早速県の指導で」土壌分析に入りました。                
「農業を資本の手に渡してたまるか」そんな思いで有機栽培を広めて行きたいと思います。
 

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12月30日


早いもので今年もくれようとしています。
例年暖冬が続いていましたが、今年は寒さが厳しく震え上がっています。
生姜畑の天地返しをしていましたが、あまりの寒さゆえに作業を中止したまま新年を迎える事となりました。

悲しい初夢になりそうです。

新年を迎えても日本に夢のある展望は開けそうにありません。
足の引っ張り合いのプロレス政治、中国に子供扱いにされ、一方では、ひとり1千万円の借金を押し付ける国の財政 生き残る道は大きくなることだと農業政策まで大規模育成に向かっています。
 奥四万十のような小規模農家は邪魔者扱いとなりました。
「大企業が食糧は輸入するから生産性の低い小規模農業は必要にない」こうした資本の論理で政治は動いてきました。
町村合併もその延長線上で行われました。
合併をすすめる役人の前で僕は叫びました。
「恐竜は滅びた。でも小動物は生きのびているではありませんか」~~~と

11
月22日

生姜は地下壕で冬眠に入りました。
しばらくは根茎は活動していますが2~3月ごろになれば安定期に入りますので出荷できるようになります。
生姜は静かに貯蔵されていますが人間社会の方は相変わらず血なまぐさい野生動物の本能をむき出しにしています。
お隣の朝鮮半島では準戦時体制に入りました。
日本の島も対岸の火事とあんかんとしていることがゆるされない時代となりました。
石器時代から人間はチョットも進化していないように思えて悲しくなります。

戦争のつめあと

今から数十年以上前日本人は飢餓難民でした。都市の住民は嫁入りの着物を風呂敷に包みヤミ米を求めて農村に流れていました。
弁当を持てずに学校に通う児童のために甘藷を蒸して子どもたちに配っていました。
学校給食の始まりはの原点だったと思います。。
現在のような冷凍食品やアメリカ の脱脂粉乳ではなく生徒たちが栽培した甘藷でした。

60年前を詫びる元小学校先生

60年前の小学校の女先生が突然「同窓会を開くときは知らしてほしい」とのこと。
もう80歳をこした先生は10時間以上の旅を覚悟で四万十の山奥までおい出て下さいました。
当時20歳前後だった若い先生がなんで今頃僕たちに会いたいのか、不思議でたまりませんでした。

あなたたちにお詫びに来たの

終戦間際の頃女先生数人で「甘藷を蒸して食べよう」、ということになり学校でこっそうり食べたの」、
子供たちの食べる甘藷をこっそり食べたことを後悔しながら80歳になりました。
「ごめんね」と「お詫びしたかったの」 先生の顔に刻まれた谷間から流れる涙に戦争の爪痕の深さを知りました。
「先生 もう忘れて下さい」 だって子どもたちに進駐軍が銃口を向けたとき「撃つなら私を撃って」と子供たちの前で「両手を広げてくれた」あれで帳消しにしましょう。
「かたい」握手で別れました。
過去を忘却するために教え子を訪ねたはずの旅が、忘れえずして忘却を誓う旅となったように思います。
戦争は当時の小学三年生の教室に苦しみの爪痕を残したまま、今も忘却の彼方に消えることはないのです。

2010年
11月1日

生姜の収穫で猫のても借りたい時なのにオーストラリアから有機栽培生姜の視察があり、先日は四万十マラソン選手が帰ったばかりでいそがしいことになりました。
そのうえ霜が降るようになり、早く収穫しないと生姜は凍傷をうけて貯蔵できなくなります。
 

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オーストラリアの生姜農家の訪問

TPPの本格協議に入ろうとする時期に農業大国オーストラリアからの訪問、その経営の巨大さに圧倒されました。
我が日本では1ヘクタール(1町)の平均面積にすぎません。
一方アメリカは200ヘクタール(200町)と200倍、 オーストラリアは3000ヘクタールで3000倍の規模だそうです。、
もしTPPにより関税が撤廃されたら食糧は輸入が主力になり、日本の農業は壊滅的な打撃を受けることになります。

農家所得に 腰を抜かしました

オーストラリアではオーガニック栽培生姜は通常価格の数倍以上で取引されているそうです。
ちなみに昨年の年収をお聞きしたら日本円で8千万円程度の収入とのこと。
関税が撤廃されたら日本農業は壊滅的打撃を受けることは間違いない事実です。
政府内に異論があるのはそのためなのです。国際競争の中でどんな運命が待っているのかは答えを待つまでもないことだと思います。
工業立国の道を選択して国民の胃袋を海外に求めた結果として食料難民になる日はそこまで近づいているように感じました。     「 じゃ どうすればよいか」.選択の道は限られていると思います。
残された道は、農家と消費者が手を結び、育て育てられる関係を築いてゆくことではないかと思いました。

日本の若者を使う

訪問を受けたオーストラリアの農家では日本の若者を雇用しているようです。
現地の人より勤勉なようで全員日本人(20人程度)に切り替えているとのこと。
日給は1万円で勉強しながら働いているようです。
日本では農業を嫌って出て行き、外国では勤勉な農民として働きを評価されている。
やがて日本人が海外で働いて収穫した農産物が日本の農業に壊滅的な打撃を与える。
そんな時代が迫ってきているのでしょうか。

10月17日

早いもので生姜の収穫時を迎えました。
計画としては26日ごろから収穫に入りたいと思っています。
初期消毒のみで後は運にまかせていましたが、平年作は期待できそうです。
収穫を体験したい方はいつでもご連絡下さいませ。
賑やかに収穫作業をすすめたいと思っています。

100キロマラソンが始まりました

四万十川100キロマラソンが今朝スタートしました。

我が家には大阪から参加する2人の選手が「宿泊して2~3日奥四万十でトレーニングしたい」と訪れました。
100キロに挑戦する気力に圧倒されました。
「記録よりも完走しないと残念が残る」と言い残して午前3時に出かけて行きました。
「自動車が発達した時代になんで100キロも走るのか」とお聞きしたら「走りたい血が騒ぐので止められない」とのこと

交通量の少ない山道を選び中流から下流まで四万十川総延長の半分を走り抜けることにないます。
走ることしか手段のなかった先祖の遺伝子が車社会の今も受け継がれているのでしょうか。

2010年

9月24日

生姜は朝夕の温度差が進むにつれて秋を感じて地下根が
急速に充実してきます。
地上の成長より子孫を残すために地下根に養分残そうとします。
 
写真は生姜畑のすみで成長しているバナナ?です。。
チッチャナ、バナナ()がぶら下がっています。
温暖化の影響でしょうか。

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少子高齢化と地方の衰退

「高知には大丸がある。田舎じゃない」. 大丸は高知の顔として発展してきました。
屋上には「遊園地」があって子供たちに人気がありました。
ところが最近はこの遊園地で子供たちの声が聞こえなくなりました。
子供の姿が消えたのです。
とうとう大丸はこの遊園地を閉鎖することになったようです。

大丸だけではなく農村では学校にも子供の姿が消えようとしています。
消毒しないなら学校の近くでも生姜は作れると植え付けましたが学校からはピアノの音だけで子供の声は聞こえてきません。
やがて村から小学校も中学校も消え 合併した旧中土佐町の学校に合併される日が近づいています。
少ない子供たちは学校を卒業したら都会に出てゆきます。
定期バスは空気を積んで走っています。行政の補助金で走るバスは「バスも走っている。田舎じゃない」と思う心理的効果があるそうです。

やがて農地はイノシシなど野生動物の天下となり日本人は輸入農産物を頼りに生きてゆくことになります。
地球規模で食料危機が拡大している現実, 日本はやがて飢餓民族となる時代に入ろうとしている警告を大丸の「遊園地閉鎖」は告げようとしていますが心の豊かさより物の豊かさを求める日本人には聞こえないようで残念だと思います。

9
月10日

エコカ-補助金と農業

エコカ--補助金が打ち切られ、やいやい騒いでいます。
今度は法人税を減税するそうです。
一般的な農家にはいずれもなんの恩典もありません。
エコの原点として早くから有機農業を支援し消費者と生産者を結ぶ役目を果たしてきた自然食品流通の役割に対してはエコの補助もありません。
国民の命の源泉である食より自動車を中心とした企業を大切にする政治がホンマのエコなのか?小さなテレビを大型に変えてもエコの補助金がもらえます
。でも僕は税金の無駄遣いだと思いまして補助の申請書は出していません。
何がエコなのかぼくには解りませんから。( ^)o(^ )

8月28日

生姜と雨

奥四万十の里は農業に向いた気候条件だと思います。
高知県地方の気象台が晴れと予報しても夕立があったり、適当に雨が降り生姜の為の自然の配慮があります。
高知県地方は晴天なのに奥四万十では例外的に雨が降っています。
さて今日は何をしようか?一層のこと雨に感謝していっぱい飲んで過ごすか?迷っています。

岩波ブックレットNo、786

岩波から「地域の力で自然エネルギー」と言う ブックを出版した著者のお父さんから「息子の書いた本です」と贈られてきました。
我々は貴重な地球の資源を喰いつぶして繁栄してきました。
農業も一部の有機農業は別として、畜産中心の循環型農業から機械化され科学肥料万能の経営となり、農業までが地球の資源を消費して経営されていまあす。
「エレルギ問題」は地球と言う星が人類に投げかけている大きな宿題だと思います。


8
月 10

早くも8月も中旬に入りました。
生姜は雨を好むと言ってもこのところの雨は半端じゃありません。
奥四万十は(ところにより雨)と予報されればまず雨が降ります。
高知市が晴天でもお構いなく雨が降ります。
奥四万十を散策される方は弁当忘れても雨具を忘れてはいけません。

生姜は雨を好みますが、晴天になれば病気が心配になります。
どっちにしても気の休まることはありません。

よさこい鳴子踊りと現代人気質

雨で仕事もできず、さりとて雨読とも無縁な吾輩は時間を持て余していましたら,よさこい祭りに出てくるようにとの誘いがあり出かけてきました。
早稲田の学生中心の踊り子や 80ばあさんも参加している三重県の老人チ-ム 高校生の元気なチ-ムが(僕たち高校生の未来は永遠で-す)と叫んで元気に踊っていました。
モハヤよさこいは高知の祭りではなく全国区に発展したようです。

形や伝統に拘束されず、今言いたいことを歌や踊りにぶっつけて表現出来る(よさこい祭り)に老いも若きも燃えるのだと思いました。

政党も一枚岩で党員を結束出来ない時代になりました。党員と言えども個々に言いたいことを主張し、党の方針に反論する時代となりました。
踊りも歌も型にはめることなく自由な表現が許され、言いたいことを歌にして踊れるよさこいは時代の流れリ受け入れられるのかもしれません。
伝統や歴史の文化はどうなってゆくのか、不安がよぎる(よさ恋祭り)でした


2010年
7月1日


生姜の芽が出てきました。
作業のため畑に入るとトンボが生姜の茎で羽を休めていました。
この時ほど「消毒をしてなくてよかった」と感じたことはありませんでした。

鍬で芽の出た畝を耕し、敷き草をしきます。
夏の乾燥を防ぐ目的と、雑草を抑える目的で敷き草を入れます。
敷き草と言ってもいまは輸入のサトウキビのカスを利用しています。

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四万十川とトンボ公園

四万十川赤鉄橋(四万十市具同)の近くに「トンボ自然公園」があります。
全国のトンボ愛好家が「トンボと自然を考える会」を設立管理しています。
またこのほど同会により「四万十川魚図鑑」を(いかだ社)を出版されました。
トンボの観察とともに、この図鑑を参考に四万十川の魚を探索されることをお勧めします。

遺伝子組み換え農産物の恐怖

パラグアイの友人が日本で長期l休暇を過ごしていました。
どうしてノンビリ出来るようになったのか尋ねたら大豆を遺伝子組み換え品種に切り替えたところ除草剤をかけてもすくすく育つようになった(おかげ)だとのこと。
ところが三重県では遺伝子組み換え農産物との交雑が疑われる雑草が検出され生態系に拡散する恐れが心配されています。(市民団体調査による)

輸入された遺伝子組み換え食品は知らず知らずのうちに国内農産物と交雑して拡散する危機を雑草は警告しているように思えてきました。
種子として輸入しなくとも加工用として輸入した種子が国内で発芽、国内の農産物と交雑して遺伝子組み換え農産物が蔓延する恐れなしとはいえなくなりました。

「さて、どうする」 対策の難しい問題が忍び寄ってきているように感じます。
食料の自給率を高めないと輸入食料には取り返しのつかない代償を払う運命が待っているように思えてきました。

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2010年
6月14日


いよいよ梅雨の季節に入りました.
雑草はわが世の春とばかりに成長してゆきます。
晴れ間を見つけては草むしりにあけくれています。
消費者の方には草むしりはちょっと無理なようです。
「キャ~~ミミズダ~~」と叫んだり 虫が怪獣に見えるのか「キャーーコワイ」と叫んで畑から虫より先に逃げ出したりして草むしりどころの騒ぎではなくなります。
虫が飛び草が生えるのが自然栽培の原点だと思いますけど;。( ^)o(^ )

管さんとお四国

どうせだれが大臣になろうとも、だれが総理になろうと農民には影響ないとおもいさして期待もしていませんが管さんには妙に関心を抱かざるをえません。
それと言うのも僕たちの近くをてくてく歩かれてお四国参りをされていたからです。

近くのちっちゃなドライブインでおかみさんが気が付き店長に耳打ち、店長が「管先生では?」と確認しました。
四国88っか所巡礼の旅途中での出来事でした。
店長が差し出した色紙に「草志」と書いてくださいました。
草むしりに明け暮れる僕と違ってもっと次元の違う世界での志なのでしょうが、江戸を離れ弘法大師との二人旅を続けるのには「何か心中に期するもの」があってのことだろうとおもいました。

自民党の偉い先生方はさっそく「管さんは国会をでてお四国を回っては?」と親切なご助言を発信しています。
巡礼の旅で出会った四国の人々とのふれあいを国政に反映してほしいと思います。

正月や盆くらいしか子供の声が聞こえない過疎の限界集落を歩かれた管さんは日本の将来に「何を感じ、何に取り組まれようとしているのか」答えを期待したいと思います。
うっかり語れば袋たたきに会うかもしれませんが火中の栗をあえて拾ったんですからーーーー

5月20日

生姜の植え付けも5月6日にやっと終わりました。
これから田植えに入ります。
生姜は田植え唄が聞こえるようになれば芽が出ると言はれていますが今はエンジン音が聞こえても田植え唄が聞こえることはありません。

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左の写真は土づくりのために鶏糞や堆肥等を投入している1~2月の作業です。 

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植え付け後の現在の姿です。
黒いマルチで覆っています。
除草剤を使いませんので雑草を抑えるためです。
芽が出てきたら芽の出るところだけ切り開きます。 

口蹄疫問題の恐怖

今西日本では口蹄疫の恐怖におののいています。
いや全国の問題でもあり世界の問題でもありましょう。
やがてウイルスは動物から人間にも襲いかかる姿に進化してゆくかも知れません。
ウイルスによって人類が滅びる危機が迫っているように思えてきました。
エイズは早くも人類に挑戦してきだしました。

ウイルスに国境はない

エジブトのレストランではテ-ブルからちょっと離れるとスズメが飛んできて料理を平気で食べ始めます。
その光景をみて人間はウイルスに対してあまりにも無防備だと感じたことでした

また日本は食料を世界中からかき集め平気で残飯として捨てています。
その陰で子供たちが飢餓で今日も死んでいるのです。
ウイルスはこうした人間のエゴに対する挑戦なのかも知れません。

生姜まで国産より外国産が多く消費されるようになりました。
加工品ならまだしも生のまま店頭に並べられています。
生のままと言うことはいろいろな病原菌や疫病がそのまま持ち込まれていることになりましょう。
もし心配ないとするなら殺菌剤や殺虫剤が使われている裏付けとなりましょう。
ウイルスが猛威をふるいだしたらすぐに、政府が悪いとか、政争の具に使いたがりますが、ほんまに悪いのは外国から食料を買いあさる政策に結果として協力している私たち消費者かもしれません。

2010年

4月10日

女性飛行士と天気

晴天を期待して空を見上げていましたら、宇宙を女性飛行士が飛んでいることにきがつきました。
地上では下から女性を見上げたり、写したりしたら処罰の対象になります。
うっかり空を見上げるにも気を使う世の中となりました。
雨雲の上を人工衛星が飛ぶことにご機嫌を悪くして雨を降らせているのかもしれません。
地球と言う星で平和に生きてゆけない人類が宇宙人に「地球がどんな星か」と説明するのか聞きたくなりました。
【しょうがの植え付け準備をせんかね】 我が家の飛行士から甲高い声が聞こえてきました。

4月7日

今年は桜がさいても急に寒い日が繰り返されていますので生姜の植え付けに入れないままにいたずらに日日は過ぎてゆきます。
天気を気にして空を見上げました。
空には女性の飛行士が飛んでいるようですね。
地上では女性を下からのぞいたら違反になるそうですので恐る恐る見上げました。
ズボンならいいですが、スカ-トなら問題になりそうに思い、こっそり見上げました。

同居人の女性から「、何で空ばかり見上げるているがーー」と聞かれ「天気が気になるが」と答えrました。

今日から四万十町で町長選挙が始まりました。

「過疎だ 限界集落だ」と騒がれていますが、過疎の町に町長候補が6人もいることはそれ自体が活気のあることでうれしくなりました。
優秀な人材が都市に集中する傾向にある中で優秀な人材が四万十には残ってそれぞれ町づくりに意欲を燃やしています。
産直で都市と交流を深めている候補もいます。
皆さん選択に迷うことになりそうですが、過疎の町や村に元気な人材が躍動している姿に「バンザイ」したいと思います

4
月1日

アッという間に4月に入りました。
生姜の植え付け時期になりましたがまだ霜が降る日がありヤバイので植え付け作業はできません。
桜も例年より一週間早く咲きましたが遅霜にびっくりして:残っていたツボミは開花を中止、パッと咲く桜のイメ-ジはありません。
咲く決断はそれぞれのツボミの判断に任しているようです。
どっかの国の政策に似ているようです。

有機認定について

荒地を耕して生姜を栽培しても「有機」の認定をとらなければもったいないとの指摘を受けました。
僕の場合は認定を受けても栽培にはあまり変わりはありません。
また有機の認定を受けても流通には変化はないと思います。
でも消費者から「もったいない」と言われればそれもそうかとも思います。
以前は愛媛で認定を受けましたが高知県に認定機関があるのかそこから調べてみたいと思っています                                     。

3月20日

生姜の植え付けの準備として畑の整地をしていますがこのところ雨が多くて苦戦しています。
桜にうかれて花見をしたり、連休を楽しむことも許されずひたすら畑で働いています。

人工栽培制御の野菜工場

今電気で制御されて栽培された植物工場生産野菜が無農薬野菜として本格的に流通されようとしています。
原発は一度稼働し始めたら必要であろうとなかろうと関係なく途中で停止できません。
「あまった電気をどうするか」そこで植物工場による野菜の生産が本格化しようとしています。
農家は石を拾い大地を耕し生産しています。
「土のつかない植物工場で生産された農産物は清潔だ」と宣伝し
国も2011年度末には植物工場の施設を08年度の3倍の150カ所に増やす計画を立てているようです。
エコとは・?僕にはわからなくなりました。
太陽の下で汗にまみれて作るのが農産物であり、健康食品供給産業が農業だと思って取り組んできましたが、消費者は原発の電力でつくった植物工場の野菜を健康食品と認識しエコ産業と認める時代に入ってゆくのでしょうか。
僕はあなただけは僕たち農民の汗を理解してくれると信じて今日も大地を耕します。

 

 
奥四万十の荒れ地を耕して生姜を植え付けています。
途中の四万十川の川辺には菜の花が咲いていました。
先般流通関係の方が現地をを見に来られましたが、「なぜ
こんなすばらし条件の畑なのに「有機認定を受けないのか」と
聞かれました。荒れ地を耕し平成の金次郎になった気持ち
で栽培し消費者に安心をお届けできればそれ以上何も求める
気持はないと話しました。
高知の桜とちっとも変わらないイゴッソウと笑われました。

 http://okusimanto.com/syouga8.JPG

2月20日

ウグイスが鳴き始めました
奥四万十の里にも春が訪れ川辺にウグイスのきれいな声がこだましています。
国会の鳩はウグイスのようにたのしく鳴くことはできず泣かされているように思います。
ウグイスは親からお金をもらっていないのでイジメに遭うこともなくたのしく鳴けるのでしょうか。

1
月20日

生姜畑の整地が始まりました。

寒さが今年は厳しく久しぶりに氷柱を見ることができました。
でも寒い冬にも確実に春の足音を感じています。
梅のつぼみも日に日に開花の準備をしています。
畑には有機肥料として鶏糞 魚粉 豆かす  米ぬか 等を鍬きこんでいます。
雨の少ない2月一杯に整地を終わりたいと思っています。
2月は逃げると云はれますが、2月は忙しくなります。

有機農業のこれから

2月7日 高知カルポ-トを会場として「農水省地域有機農業推進事業」講演会が開かれます。
講師は参議院議員ツルネン マルチイ氏 13時開演となっています。
昨年10月には高知市に市民農園ができ、四万十町にも有機市民農園ができることになっています。
有機農業政策についての今後の課題や消費者と一体となった有機農業の支援について話合われることになっています。

2010年
1月1日

雪 化粧の新年を迎えました

今朝 我が家の玄関前には「帯広」ナンバ-のワゴン車が止まっていました。
我が家の後継者と高知農業大学で学んだ青年の車でした。
帯広で新規就農者として取り組んでいるようです。小面積の我が家の農業と大規模な帯広の農業とは対照になりませんが、経営を客観的に見つめるためには何かがありそうです。

これからは生姜畑の準備で忙しくなります。
しばらく帯広の青年に手伝ってもらえるといいけど~~~

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2009年
12
月25日

奥四万十に雪が降りました。

県立帰全農場で賀川豊彦について学び、有機農業の大切さを少年時代に叩き込まれた先輩が我が家を訪問されました。
朝起きてみると雪が降り自然が粋な歓迎をしてくれました。

写真は雪をバックに写した写真です。
昨夜は有機農業について論戦しながら飲み明かしました。
「山を粗末にして有機とは何ぞや」と先輩に諭されました。
山を育てたら お返しに山が里を守り、海を守る。
「いまの山を見捨てた農業は間違っている」ドンぴしゃ急所をつかれ返す言葉もありませんでした。
昔は宝の山として山村の経済を支えてきました。戦後都市から疎開した人たちを農村は受け入れ ました。
今の3倍の人口を村は養ってきました。
今3分の一の人口になり学校は廃校となり、山に入る人はなくなりました。
山が大切なことはわかっています。
しかし50年育てた四万十ヒノキも山から切り出しても、収入にはならなくなりました。
山を粗末にする気持ちはありませんが山に入る気力を失いました。
「山を大切にせずして有機を語るな」先輩の言葉は痛いほどわかりますが、山に入れないのです。

http://okusimanto.com/image/kizen005.jpg

11月25日

四万十川にダムが必要か

四万十川をせき止めている唯一のダムの水利権更新が迫ってきました。
このダムにより発電用としてタ-ビンを回した水は二度と四万十川に戻ることはなく太平洋側に放流されています。

したがってダム下流では水流が少なくなり、上流では放流あゆしか見られなくなりました。

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1年の更新時には関係町村の首長、議会を中心に住民がムシロ旗を担いでダム下流の河原に集まり、ダム撤去運動が起きました。
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11年には更新期を迎えますが、10年を経過して撤去運動は盛り上がっていません。
一様自冶体首長などで組織する「検討協議会」は組織されていますが「ダム更新ありき」を前提とした学習会にしか過ぎず、撤去運動の火は消されることはあっても燃えあがることは期待できそうにありません。
かくなる上は鳩山さんにすがるしか道はありませんが、忙しくて手が回らないようです。

四万十川を世界遺産に登録するために

だだ今、四国では「四国遍路道」と「四万十川」を世界遺産に登録しようという考えの人たちが運動しています。
そのためには11年の更新期にはダム撤去を議決して,稼働しているダムを住民運動で撤去させる必要があると思います。更新にNOの答えを出し四万十川を世界遺産に登録される可能性に望みを託したいところですが、
お偉い先生方は「更新ありき」で進んでいますし、住民も01年のような撤去運動に立ち上がる気力を失っています。
進みゆく高齢化は「なるようになれ」と気力を失ってしまいました。

どうしてダムなんですか」 岩波書店

「息子が本を出したので読んでくれ」と著者のご両親が我が家を訪問、差し出された本は淀川流域委員会奮闘記を記した古谷桂信氏の「どうしてダムなんですか」という本でした。
多くの方に読んでいただければと思い紹介させていただきます・。

2009年
1026

生姜の収穫が始まりました。


10
1

第6回有機農業公開セミナ-in高知の開催について

国の有機農法推進法、有機農業推進基本方針を受けて各自冶体ごとに有機農業推進計画が進められていますが、高知でも有機農業技術公開セミナ-が2009面11月18日~19日のの2日間ウエルサンピア高知で開かれることになりました。
行政が大きく旗を振ってもなかなか進まないのが有機農業の認定です。
僕もかつて有機の認定を受けて生姜を栽培しましたが、形式に縛られ肝心の農作業に支障をきたすようになりました。

永年作物もしくは連作可能な作物の場合は問題は少ないですが、連作ができないため毎年度次々と新しい、畑に作付しなければならない生姜などの場合書類の作成が大変になってきます。
またヨ-ロッパやアメリカのように一枚の畑が広い所と違って小さな畑が散在する日本のような山間農業の場合一筆ごとに書類を整理しなければならず記録が膨大になってきます。
せめて一筆ごとの記録ではなく同じ条件の畑が集団して認定を受ける場合はまとめて一筆として記録できるようにしないと、形式にとらわれる行政の事務感覚では農民はなかなかついてゆけないのが現実のように思います。

ドイツの農村に行った時、「こんな田舎に日本から訪問してくれるとはー」と感激したのか、不審に思ったのか夜村長さんや組合長さんがたずねてこられました。
説明によると、(記憶は定かではありませんが)、たしか村の耕作面積は1戸当たり200ヘクタ-ルぐらいだとの話でした。
「あなたたちの村の耕作面積は」と問われ70ア-ルと答えたら不審な顔をしていました。
耕作規模のこれが現実なんです。
小さな面積でしかも小さく地籍が分割されている日本で今のような有機の栽培記録の分類方式では農家はついてゆけないように思いました。
有機農業は形式ではなく個々の農家の取り組む姿勢が基本になるように思います。
生産する農家と消費者の信頼のきずなで結ばれてゆくことが基本だと思います、記録の必要なことはもちろんですがあまりにも複雑な事務
書類に縛られる有機認定制度には問題があるように思います。
現場の意見の交換の場としてこのセミナ-に参加されますことを期待したいと思います。

9月22日


四万十川支流島の川ダムと八ツ場ダム問題

民主は公約にしたがい八ツ場ダムの中止を前提に動きだしました。
「数千億の予算を投入し計画から数十年を経過した今なぜ中止をするのか」、「必要なダムならなぜ国民は中止に反旗を掲げないのか」
わからないことばかりです。
下流住民の生活を水害から守り、都心の生活用水を確保するために必要なら都民がなぜ中止反対に立ち上がらないのか。
都市は山を削り谷を埋めどんどん遊水地帯まで宅地化した。その次には地表をセメントで固め 水は地下に浸水できなくなった。
そのため水害が発生するようになった。ダムでは解決できない問題を子孫に残す結果となった。

奥四万十川にもかつてダムが計画された。
「清流四万十川になぜダムが必要か」、国は具体的な説明もできないままに地質調査のボーリングを始めました。
立ち上がった住民の反対運動に対して何一つダムの必要性について説明することもなく中止になりましたが誰も困ることもなく今日に至っています。
「一部の利権のために自然が失われてゆく」、それがすべてではないにしてもダムの実態なのかもしれません。

多田実氏に助けられる

「四万十川にダムを造るな」 と反対運動のさなか多田実氏が来村されこのダム問題を「四万十川歩いて下る」築地書館にまとめられ、大きな反響を得ることとなり、ついにダム計画は中止されました。

また僕も「四万十源流の村からの報告」にまとめ出版しました。

国は何でダムにコダワルのか。

過去においては一度計画したダムは(一部の例外を省いて)何十年かかろうと中止することはありませんでした。
また絶対必要と認められるダムなら何十年も反対運動を続ける必要は無いと思います。
膨大な利益がありその一部が政治献金に還元される甘い蜜に群がる蜂は住民運動ではなかなか払い去ることが難しいと思います。
僕たちは四万十川のダム問題に対して知識を深めるべく公費負担で各地の問題のダムを調査してまいりました。ウー 十年前のこととは言え調査に対する責任は重く、自分の考えを述べる義務を感じてここに書きつづりました、。
この際「四万十川歩いて下る」と「四万十源流の村からの報告」をぜひ読んでいただきたいと思います。

9月18日

2009年
9
月1日


農家オヤジと自民党

農家の親父と言えば頑固で星一徹の見本のようなイメージが強く嫁に敬遠される一因となっています。
今の親父は戦前は国家のために「一俵増産」に立ち上がり、作った米は統制にしばられ,町から結婚衣裳の着物を片手に米と交換にきた若嫁に同情して米と交換したら、「闇取引」と引っ張られ、食料が豊かになると「米は作るな減反しろ」と押し付けられる。
その上子供には経営権を譲れと迫がまれ立つ瀬の亡くなった親父は 「理想ばかりで、財源の裏付けのない計画ばかりを追い求める」と若者になかなか経営を任そうとしない。
これでは農村は改革できないし、発展は望むべくもない。

ところが若者がのびのびと農業に取り組み、意欲のある経営を行っている農家もある。
尋ねてみると「不幸にも親父を早く失った農家」や、「つぶれてもいいお前にバトンを渡す」と経営委譲した太っ腹オヤジの息子の経営する農家でした。

民主の時代を保守王国の農村までが選択

今回の衆議院選挙における自民の発言をみていると農村の「頑固オヤジ」そっくりの思えてきました。
意欲を見せる民主という息子の欠点を、「これでもか これでもか」と国民に呼びかける姿は、頑固オヤジの酔狂のように聞こえました。
農村も政治も好むと好まざるとにかかわらず新しい時代の幕開けを待っていることを忘れているように思いました。
どうか農村の親父たちが「過去の栄光」をかなぐり捨てて「若い経営者をそだててほしい」 そのための「冒険にかける勇気」をもってほしい
その道を開いたのが、頼りないと言はれつつも今回の衆議院選挙で民主に賭けた国民の答えだという事を、他人事とせず農村のオヤジにかみしめてほしいと思います。

826

826日現在の写真で~~す。7月の写真と比較してみてください。
1
ヶ月間の成長記録です。815日不本意ながら消毒をしました。
県の認定基準のさらに50%減を目指していますが殺虫剤と紋枯れ病の
予防のために行いました。
あとは草引きをしながらひたすら成長を見守っています。
溝に敷き詰めている黒いマルチは除草のためです。
除草剤を使いたくないための苦肉の策です

http://okusimanto.com/image/P10103838syouga.JPG

右の写真は稲の826日現在の姿です。
生姜の後作ですので有機肥料が残っていますので少し過分株になっています。
台風が来なければ今年も政府の期待に反して豊作だと思います。
作業の時すくって飲めるようなきれいな谷川の水で育てた奥四万十の米ですが、豊作を喜べない社会環境にさびしくなります。
でも喜んで下さる消費者の顔を想像する時苦労も吹っ飛んでゆきます。
試食をご希望の場合はご連絡くださいね。

http://okusimanto.com/image/ioio8ine.JPG

8月10日

四万十川ではキャンプができなくなりました

大雨、洪水警報の通りとなり、「よさこい祭り」も前夜祭が中止となりました。
奥四万十でも大雨となり、沈下橋はその名の通り沈下寸前となり通行止となりました。
四万十川でのキャンプを計画していた方も中止となりました。
たとえ今後晴天となっても水温もひくく、水泳は当分できなくなりました。
遊泳禁止が続くと考えられます。川辺でのキャンプは無理だと思います。

7月26日

生姜はわずか1ヶ月の間にどんどん成長しました。
生姜は雨が大好きで梅雨の時期に急成長します。
雨の多い奥四万十にはうってつけの作物と言えましょう。
また台風銀座でもあり倒伏防止対策として写真のように網を張りました

ところが草引きのときこの網に頭を引っ掛けることになります。
僕は畑の草を引き、この網は僕の頭の髪を引きます。
おかげで頭は年々はげてきました
自然にはげる頭は賢い勲章だそうですが、僕の場合は網に引っ掛けて少なくなっているから当てはまらないそうです。

http://okusimanto.com/image/syouga71.jpg

衆議院選挙で過疎の村はどうなる?

米は作るな」と言はれ生姜を作ったら今度は中国の生姜がどんどん輸入されるようになりました。国内で外国ショウガがどのようなルートで消費者に届いているのか農水省に聞かなければ僕にはわかりませんが、国民の経済を考えたら輸入に頼らざるを得ないそうです。
おかげで国内産生姜の販売が、伸び悩んでいます。不況になれば安全を求めるより安価を求めるのが自然の流れだそうです。 イヤになッチャイますね。
ところがありがたいことに新聞報道によると麻生首相は、「高齢者は、働くことにしか才能がない,80をすぎて遊びを覚えても仕方ない」と忠告してくださいました。 早速ご忠告に従って生姜代を懐に遊びに出かけようと思いましたが、80にならずとも遊びを覚えることはできませんでした。

小泉さんは「自民党をぶっ壊す」と、たんかを切ったのに、今度は息子を、自民党から立候補さすそうですが、何がなにやら わからなくなりました。小泉のゲリラを何で自民は推薦するのか・?僕にはサッパリわかりません。
1つだけわかったのは麻生さんのご指摘のとうり、高齢者?は肉体的にも遊びを知っていても遊べない現実だと言うことです、。

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2009年

6月29日

北海道農業の規模に度肝を抜かれました

高知の山間農業はちっちゃな畑にゴジャゴジャいろんな作物を植ている家庭菜園に毛の生えたような小規模経営です。
そこに行くと北海道は大規模化が進んでいました。
特に温暖化の影響でしようか水田の開発が進み、やがて四国九州に変わって米の大規模生産基地になるように思いました。

酪農にしてもどんどん集約化されていて、規模拡大が進んでいるように思いました。
規模拡大にはメリットもありますがリスクも大きいと思います。
どこにどんなリスクが待ち受けているのか自動車産業から学ぶ必要を感じましたが、無用な干渉でしょうか。

高速道路にびっくりしました

北海道は内地に比べれば農道も高速道路のようなものだと思いました。
一般道を走ると地域の文化にも触れることができますし、道路の下には強制労働に命をささげた貴重な魂が眠っています。
今この道を見捨てて「高速道路が何で必要なのか」、緊急を要するときはヘリを使えば事足りるように思います。
高速道路は地域の文化に触れる旅を奪い去りました。点から点にいかに早く移動させるかに重点を置いた観光開発がホンマの北海道のためになるとは僕には考えられませんでした。

6月22日

6月に入り生姜も芽が出てきました
雑草を抑えるためにワラをしきました
黒いマルチも雑草を抑えるためで~す。

http://okusimanto.com/image/syouga6.JPG


アツ~~ポストが消えた?(^_-)-☆

生姜畑に行く途中ポストを探しましたがいつものところから消えていました。
キツネに化かされたのか、さもなくば、痴呆症 いいえ間違いました認知症の始まりなのか。
田舎の議会まで郵政の民営化に賛成したのでポストが撤去されても文句は言えないそうです。

麻生首相は郵政の民営化に反対だったそうですが、「何で田舎の議会が賛成したのか」撤去されたポスト後に座り込んで考え込んでしまいました。
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千円で売却された土地が4800万円で転売された事実は企業にとっては利益があり過疎の村は切り捨てられて行く民営化でしかなかったのでしょうか

小泉さんは「自民党をぶっ潰す」と言いましたが本心は労働組合の解体をもくろんだ民営化政策だったのか?。
国鉄も 林野も 郵政も こんな狙いで標的にされたのでしょうか。
過疎の村も切捨ての標的にされたのでしょうか、

6月10日
ようやく梅雨も本格的になりました。
例年ならとっくに雨の季節に入っていますのに今年は雨が少なく、田植えができない地区もありました。
これで一気に田植えも進みそうです。
生姜畑には早くも草が生え始めました。
草は早めに引くことが大切ですので雨の晴れ間には草引きをしています

エコ産業とは?

農業はエコ産業の原点だと思ってきました。
必要な収穫物以外は土に返しまた次の生産に結びつける循環の上に成り立ってきました。
まさにエコ産業の原点だと思います。
しかし最近は、土を離れ、太陽とは無縁な環境で、電気で人工管理した工業生産農産物がハバをきかすようになりました。
土を使わないので安全な農産物と宣伝し政府も農産物の工業生産施設に補助金を出す政策を進めています。
要するに原発であまった電気を農業に利用しようとしているに過ぎないと思うのは貧農の偏見でしょうか。

エコポイントなる名目で工業製品に補助金を出しその上農産物の生産まで工業化しようとしています。
やがて減少する人口問題を解決するために子供を人工生産する工場の建設を考える時代に入るのではないかと心配になってきました。


5月14日
生姜の植え付けも終わりホット一息ついています。
今は畑の周囲の草刈が主な仕事です。
6月に入れば雑草が生えてきますので草引きが待っています。
除草剤を使いたくない代償として炎天下の草引きが始まるのです。

アユ漁が解禁になります。

あす15日より四万十川上流で友釣りと疑似餌つりが四万十町家路川ダムより上流で解禁になります。
アユの習性を利用しての駆け引きの面白さは網漁では味わえない醍醐味だと思いますね。
大野見神母野(イゲノ)地区では大物が期待できそうです。
生姜畑で草引きをしている人を見かけたら声をかけてください。
もしかして僕かもしれませんからーーーーー

5月1日

早くも5月となり新緑が美しくなりました。
バイクの若者が、奥四万十を目指して駆け抜けてゆきます。
北海道からも二組我が家を訪ねてきました。
気候が一ヶ月も違いますのでびっくりしていました。

農村の観光行政の問題点

四万十川沿線は近代化とは無縁で、素朴な生活の歴史が集約されてきました。
ものでは買えない豊かさが住民を支えてきました。
しかし近年行政が観光に力を入れるようになり様相は一変しました。

山に入ると子供のオムツが投げ込まれていたり、水田にはビ-ルの空き缶 などが投げ込まれています。
四万十川で「アユつり」を企画しても終わってみれば、ごみは集っても金は集りません。
皆さん必要なものは町のコンビニで調達し、ごみを残して帰ります。
人を集めるイベントより、自然を守ることを主眼にする行政がホンマの観光行政ではないかと考えながら、今日も耕運機に乗っています。

2009年

4
月3日
でも寒い日が続きまして桜も急いで咲いたことを後悔しているようです。
4月中旬ごろから生姜の植え付けを始めたいと思っています。
4月に入り奥四万十の里にも多くの方々が訪れるようになりました。
 桜咲く川辺でアメゴを釣る人、側で生姜畑の準備に働く人、人生いろいろだと思いますね。            


3
月7日

国の重要文化的景観認定の問題点

全長196キロメーターの四万十川には196種類の魚が生息しているそうです。
川の両岸には岩あり竹やぶありで魚の住処がいたるところにありました。。
しかし近年自然工法なる理由をつけて竹やぶがセメントの石積みに変わり魚の住処は失われ魚が減少しました。

その上今回,国の指定を受けたことにより多額の助成が交付されるそうです。
ただでさえ建設事業が減少していますので、この予算で魚の住処を奪う工事が行われる心配が出てきました。

川の中に巨岩を積んで池を作ってコイを飼ったり、一方では老朽化が進み危険だということで 新しく橋を付け替えましたが、古い橋は 撤去を先延ばししてきました。 
ところが近自然工法だとか文化的景観の名の下に 古い橋の手すりはセメントを削り、木の手すりに変えられる心配が出てきました。
しかし町長は私たち住民を洪水から守る立場を優先してくださり、一様安心しています

古い橋は過去に洪水をせき止めて集落が水没した経験から新橋に架け替えられたのです。
この古い橋は人命を守るためからも、撤去の時期は時間の問題となってきました。。
川の中に池を作ったり、老朽化した橋の手すりを木に変えたりすることに予算を使うよりも
「四万十を守る」ためには、森を守るべきでそのためにこそ国の予算を投入すべきと思います。
国の重要文化的景観認定により川を人工的に管理する予算は終局において景観を失うことになるような気がします。

2月18日

中川財務相が辞任

今朝の新聞は中川さんの辞任のニュ-スをいっせいに伝えています。
国民は不景気の嵐と必死に戦っていますのに、酒と薬を間違えてのみ、酒気帯び運転よりも罪の深い酒気帯び会見をして世界にその姿をさらけ,挙句には自己弁解に明け暮れた醜態。
四万十流域では森林作業員の募集に失業者が殺到しています。
この現実と重ねるとき国民の痛みにも政府は「アッ--ソウ」というだけなのでしょうか。
大臣が「ごっくん」を飲む時は高知は馬路村の「ごっくん」を飲んでほしいと思いますね。

2月1日
日本農業賞に四万十中流の団体が選ばれました

第38回日本農業賞に四万十町のおかみさん市が選ばれました。
「食のかけ橋賞」 を受賞しました。
家庭菜園でさいばいした安心な農産物を消費者に届ける活動「お出かけ台所」が認められたそうです。
売る人,買う人の垣根を取り外し、消費者と台所を共有して料理の出前まで行い交流を深めていることが認められたものと思います。
ご案内しますので四万十におこしの節はご連絡くださいね。

2009年
1月1日
あけましておめでとうございます

あったかい年末でしたが自然の粋な計らいで、元旦の朝はま真っ白い雪化粧となりました。
これからの一年間、この真っ白いキャンバスにどんな絵を描くことになるのか胸をわくわくさせながら、
元旦の朝を迎えました。
昨年はエジブトを旅して「平和とは」と言う神々が与えたテーマの深さを知りました。
アメリカが世界のポリスマンであり続けることの難しさを思い知らされるたびとなりました。

緑豊かな自然に囲まれて生姜を作る農業のすばらしさに感謝しながら今年も頑張りたいと決意しました。


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